ビニール傘の貴公子(第1話)

 

 

第1章「…消えた」

彼は…いつも透明なビニール傘を持っていた。ステッキのようにも見える。

スラっとしていて髪は七三分け、薄いピンクのYシャツにチェック柄のスラックス。

ちょっと真面目くさいが、気品のある薬学生だ。

もしかしたら、当人はあまり目立たない学生と思っているかもしれない。

でも、そんなことはありません。学内では十分に個性的な目立つ存在なのです。

僕が初めて、彼と話をしたのは…階段教室での講義で偶然に席が隣りになったとき。

彼は、講義など聴かず…ずっと右斜前の女性を見つめていた。その子の髪はスラっと腰くらいまであった。

あんな子いたかなぁ…僕は思い切って、彼に…話しかけてみた。

「(指をさして)あの子…あの髪の長い子…名前はなんていうの?

…あぁ、失礼。 はじめまして、僕は…山口っていうんだ!」

すると…ちょっと間があったが…

「あの女性は、愛…岡村愛さん。…それと私の名前は…」

「あぁ、知ってるよ。。木村くん。確か、木村……誠くん。だったよね!」

「・・・・・・」

「その通りだけど…どうして知っているの?」

「どうしてって、君は、ここでは有名人なのさ。。

『ビニール傘の貴公子』っていうのが…君のニックネームさ」

彼は、みるみる頬が…そして顔全体が赤く染まった。

そのあと、クスクス笑いが始まり、だんだん大きくなって…とうとう講師から睨まれてしまった。(なんで僕まで)

結局、話したのはそれだけ…だった。

あのビニール傘のことを…なぜ、いつも肌身離さず持っているのか、聞きたかったのでした。

それにしても、あの岡村愛さん。講義のあと近づいてみて、驚いた…

なんと美しく可愛いこと…これでは彼がみつめていたのも…うなずける。

あぁ、胸が苦しい!!

僕のハートも…掴まれてしまったようです。(これって一目惚れ?)

あぁ、ところで、僕は…というと、彼女いない歴は無限大。

それこそパッとしない…貧乏学生。。家庭教師のバイトもしています。

…楽しみといえば悪友どもと、ちょっといたずらを仕組んで…仲間を驚かせること。(サプライズってわけです。)

そんな悪友との飲み会で…「あのビニール傘に落書きをしよう」っと…なった。

あとで謝って、同じような傘をコンビニで買って差し上げればいいでしょう…とね。

あのビニール傘に…「好きです。愛さん。僕と付き合ってください!」なんて落書き…面白くありません?

雨が降ったら…傘をさす。

…そのとき、みんなにバレバレ…けっこう有名人ですから…これはスクープになるかも。。(僕は振られるシーンを期待しているのでした)

 

そして、とうとう待ちに待ったチャンスのときが…きました。

学食で彼を見つけたのです。

いつものように傘を携えて…今はテーブルに引っ掛けてあります。

「こんにちは」と声をかけると、僕のことを覚えていてくれたようです。

「いっしょに食べませんか?」と…尋ねてみると、「いいですよ」と快く返答してくれました。

彼は、すわる席をみつけたところで、そこに傘と荷物をおいて、これから食券機のほうへ行くところだったようです。

私は悪友たちにさっと片手を上げて合図を送り、そのあと、彼といっしょに食券機の列に並びました。

今、食堂はお昼時で混んでいてます。

券を買ったあと、列に並び、出来上がるまで少し待たされます。

カレーなら早いのですが、(時間がかかる)麺類を彼にすすめたのでした。

(僕はかなり奮発…)ふたりは五目ラーメン。(僕はいつもは、素(す)ラーメンです。)

ラーメンができるまでの時間。悪友たちは一度ダミー傘とすり替え、トイレで落書き作業。

リハーサルを重ねましたので、4人がかりで3分もあれば終了です。

何食わぬ顔でダミー傘と入れ替えて任務完了、手を振って知られてくれました。

それから美味しい五目ラーメンを味わいながら…僕は彼に質問です。

「何故ビニール傘をいつも持っているのですか?」

そのとき、偶然とは思えないほどのタイミングで…突然、激しい雨が降ってきました。

「…それは、いつ降られても大丈夫なようにさ。」と彼は答えます。

「でも、君が傘をさして歩いているところ…みた記憶がない…気がするけど」と僕がいうと。。。

「確かに、そうだねぇ…一度も降られたことはないねぇ~」と、彼。(笑っています)

「えぇ??どういう意味??」。。(もちろん僕)

彼は…説明のしようがないと言わんばかりのジェスチャーと笑いです。

そのときです。。。

そこへ…なんと、、あの髪の長い…岡村愛が現れました。

これは、想定外です。

彼が一人で傘をさすことを考えていたわけで…しかも…もう、こんなに親しげに…嗚呼!!

落ち込む僕。

ふたりは手を取り合い、こちらを振り向いて…

「それでは、ごきげんよろしゅう」っと…(朝ドラみているのか??)

そして、ふたりは並んで学食の外へ…出入り口付近には、沢山の人がいます。

我々は…傘が開く瞬間を…固唾を呑んで待ったのでした。

「こうなったらなるようになれ!」(破れかぶれの僕。泣きたい気分です。)

ついに、その時はきた。 悪友たちも目を凝らしていた。

(くやしいが、あいあい傘だ。また振られた~)

彼はついに傘を開いた。「ぼん」(ワンタッチの開いた音)

すると傘は眩しいほどに輝いた。僕は驚いた。目をこすった。

しかも、雨は傘には当たらない。

光のヴェールに弾かれてしまっている…(これじゃ降られないわけです))

 

そして…彼と彼女は…

    …雨の中に…ビニール傘とともに…

      ぼんやりと…揺らめいたかと思ったら…

        …すっと…消えてしまいました。

 

今ごろ、何処にいるのやら…

 

 

 

 

第2章「始まり」

 

あれから、一週間が経った。

貴公子は講義室には姿をみせない。。と言うか、そんなことはどうでもいい。

彼は、いったい何処にいるのだろう。

あの場で消えてしまったこと自体が…信じられない出来事だった。

だが、あの場に居合わせた悪友たちは、口を揃えて、こう言うのだった。

「あいあい傘の二人は寄り添って、一号館のほうへ向かって行った。」

(消えてなんか…いない、と言う)

「どうしたことか、傘に落書きがない。油性マジックで雨で落ちるわけはない」とも…。

むしろ、彼らには、こちらのほうが問題のようだった。

落書き問題はともかく…どうも僕だけが「消えたように見えた」らしいのだ。

まぁ、確かに…もし消えていたら、食堂は大騒ぎになっていたにちがいない。

…いくら僕が、大雑把な人間とはいえ……このままでは、謎だらけで、気分がすっきりしない!!

そこで、こちらから貴公子を訪ねようと…会って話を聞くしかないと思ったのでした。

 

翌日、学生課にいった。一週間ほど休んでいる学友の住所を教えてほしいと…

…もちろん、個人情報保護法とかで…ダメと言われることは覚悟の上で。。

すると運良く、顔見知りの男性職員が対応してれた。

学生名簿を開き、氏名の右隣の住所欄を別の書類で目隠しして、職員はこう言った。

「そんな名前の学生、うちにはいたかなぁ~」

「念のため、自分で調べてみてください。見終わったら閉じてここに置いておいて」と言い、

ウインクしたかと思うと、その場を離れていってしまった。

すぐに木村くんの住所欄を書き写した。

ついでに、ムフフ、愛ちゃんのも…ちらっと見て…えぇ。番地までいっしょ。。

お隣さん?…それとも…(´・ω・`)(見なきゃよかった)

これは…ますます…居ても立っても居られない。

悪友にチャリンコを借りて…早速、貴公子の家を訪ねることに…。

チャリンコの持ち主は仲間うちでは一番のリッチマン。

なんと、変速ギア付自転車に専用のナビを装備していた。

方向音痴の僕には心強いアイテムだ。

「ビニール傘の落書きの謎を解くため」とリッチマンに話すと、快く貸してくれた。

もちろん、愛ちゃんのことは…ヒ・ミ・ツ!

ここは大都市郊外の単科大学。この辺りは緑も多い住宅地。

ナビをセットすると、目的地までは平均時速20キロで42分と表示された。

ちょっとある。とはいっても後には引けない。ナビの通りに走った。

やがて畑だらけになり、それを越えると小じんまりとした住宅地が現れた。

2030世帯ほどであろうか。全てけっこうな高級住宅、ニュータウンです。

しかもお屋敷のような家ばかり。林に囲まれ自然豊かだ。

タウンの真ん中あたりが貴公子の屋敷のようだ。ナビはそちらを指している。

家の近くまで来たので自転車を引きながら、表札を確認してまわった。到着した。

レンガ作りの門、その向こうに二階建ての近代洋風の館、まさに、お屋敷があった。

門は樽木のようなしっかりした木製の扉で閉じていた。周辺は樹木に囲まれて、ちょっとひんやりしていた。

門灯の下にモニター付きのインターホンがあった。

そのボタンを押そうと近づいたら、突然、モニター画面に貴公子が現れた…

「今、使いの者をやるから、そこで待っていてくれ」っと言う。

まるで、僕がここに来るのを知っていたような口調だった。

やがて、「こちらへどうそ、お坊っちゃまがお待ちです。」と…、

老婦人の案内で、1階の部屋に通された。

貴公子は窓際に机で何やらやっていた様子だったが、僕が入るとすぐに椅子をくるりとこちらに向けた。

部屋の中央のテーブル席へ僕をうながして…「ばあや、紅茶とお菓子をお願いしますね。」

僕は、いつもと同じ身なりの貴公子を、しばらく眺めていた。

「この間は。消えてしまったので驚いたよ」と、僕は、はっきりと言った。(本人に言ったので、ちょっと胸が軽くなった)

「やはりね。山口くん。君には、あのトリックは通じなかったんだね」っと…

「えぇ、なに?」…またもや、意味不明の答えが返ってきた。

「おそらく…そろそろ君が来る頃かなぁと思っていたんだ…

あれから大学には行っていないからねぇ。真実を説明しなければと思っていたんだ。」

ばあやの紅茶を飲み、チョコチップクッキーをつまみながら、僕は貴公子こと木村くんの説明を聞いた。

「あの日、私と愛は、午後から出かける用事があった。

私の父は発明家で国からの依頼で仕事をしている。僕は試作品も含め作動チェックも手伝っている。

あのビニール傘もそのひとつさ。」

「…ところで…あの落書きには、まいったね。」

「愛には大受けで、父は、なかなかの遊び心と褒めていたよ。

君も、にわかには信じられないだろうが、父はUFOのようなの乗り物も発明したんだ。

ネーミングは、ジョークもこめて、USO(ウッソー)と呼んでいるんだけどね。まぁ、USOは愛の父上との共同開発品。

父たちふたりは学生時代からの良き研究ライバルで、ふたりの独創性は群を抜いていたそうなんだ。

私の母と愛の母は、双子の姉妹。つまり私と愛は従兄妹(いとこ)というわけさ。

一人っ子同士で、子供の頃からいっしょ遊んでいたので、今でも「おにいさま」って呼ばれている。

もちろん君が思っているような、あやしい間柄ではない。」

「よかった? 」(ドキッ!)

「あぁ、それで…話を戻すと、あのビニール傘は、USOに乗り降りするためのキャリー(運び屋)なのさ。あのとき、愛と私の頭上にはUSOが来ていた。そこから強い光線を傘の周囲にあてて、光のスクリーン(フォトシールド)をつくり、地上に(前もって撮影しておいた)二人の姿を写し出したんだ。」

「もちろん、あたかもそこに二人がいるように見せかけるためにね。その間に、傘周囲の重力・磁力を調整してUSOに瞬時に移動したというわけなのさ。」

「ところが、どうゆうわけか山口くんには、フォトシールドを透視してしまったため、ありのままが見えた。つまり、地場の歪みで僕達が揺らいで見え、素早く移動したので、消えたように見えたというわけさ。」

「そのあとは、USOの動きに合わせてスクリーンは動くから、立体画像の私たちが…一号館のほうへいったように…普通の人には見えるのだが…。

山口くんには、その先の風景が見えていた。。。私と愛の虚像は見えなかったのさ。」

確かにスクリーンに映ったビニール傘は以前に撮影したもので落書きは無くて当然…僕はようやく理解できた。

悪友たちの言っていたことと一致する。。

それと……あのときは見間違えだと思っていたが、あの空飛ぶ物体は実在していたんだ。あれはUSOということになる。

そのあと、貴公子に「君の友人には、愛が持っていた傘をさしたから…と説明してほしい」と頼まれた。

「それは、構わないが…、なぜ、僕だけ、普通の人とは見え方がちがったのだろう…??」 

しかし、その理由は貴公子にも分からないとのこと。

「偶然かなぁ。フォトシールドが破られるなんてあり得ないんだけど…」

貴公子のつぶやきが聞こえた。

僕はますます謎が深まり…モヤモヤしてきた。

しばらく、沈黙が続いたあと。貴公子は何か、ひらめいた様子だった。

貴公子は一度部屋をでた。(トイレかな?)

ちょっとして戻ってくると、「せっかく訪ねてきてくれたので、研究室を案内するよ。今、父の承諾を得てきたのさ」…

と、いってテーブルの下のほうへ手をやった。おそらく何かのスイッチでもあるのだろう。

すると部屋の床がエレベータのようにゆっくりと下へ移動した。

TDLのホーンテッドマンションみたいだ。

地下室は…というより地下に巨大な空間が広がっていた。

もしかしたら、この住宅地すべてくらいの広さがある…。そう思ったら…

「まさにその通り」と貴公子は答えた。

「父が勤める「近未来ラボ2」は、住宅地の地下すべてが敷地さらに近隣の森林の下もさ。」

そして地上は、この高級ニュータウンは、ここで働いている研究者、技術者たちの住居なのだという。

僕は、ただただ…あっけにとられた。SF映画でもあるまいし…、だが不思議なものばかりだ。

タイムトンネルのような装置もあれば、管制塔や警備室のようなモニター室などなど、、、

低いパーテーションで仕切られている。工場や整備場みたいな広い空間もあれば、実験室のような一角もある。

僕たちの近くにはUSOが止まっていた。先日、学食でみたものだ。結構大きい。

そして、なんと、その前に岡村愛さんがいるではないか。

「木村くん、愛さんがあそこにいるね」と僕は指を差した。

すると、貴公子はひどく驚いた様子だった。

それからUSOに向かって貴公子は叫んだ、「愛! 山口くんには、もう君が見えているみたいだ!」

すると、愛ちゃんもびっくりした様子だった。

「本当ですの?おにいさま! まだ最高レベルのシールドよ!!」

貴公子は、僕をテストしようと考えていたのだ。

そして、僕にこんな説明をした。

先日の光スクリーン(フォトシールド)は山口くんに透視された。

その状況は、傘に仕組んだカメラでも確認していた。

移動する直前の画像で、周囲の人たちとは違い…君だけが驚いていたからだ。

でも、破られたのは…偶然であった可能性もある。

そこでシールド機能をさらに強化して、あそこに愛を立たせておいたんだ。

再現性の確認のためにね。

私が、山口くんに「愛が近くにいるから探してみて…」と言う前に…

まさか、言い当てられるとは思いも寄らなかった。

どこまで、シールドのレベルを下げた時点で愛を発見できるか試したかったんだがね。

山口くん。君の眼力はすごいよ。本物だよ。

私は、貴公子のいう意味が…詳細には理解できないが…

それでも…「(普通の人より)眼がよいから見えたのだ」と、一応、納得した。

モヤモヤは解消した。。。

 

そのあと、三人はUSOの中にいた。

操縦や装置の説明も受けた。目新しいものばかりだ。

なんとなく夢のようなSFみたいな…でもこれが現実の世界。

それから、愛ちゃんとも身近に会話ができるように。。なった。

ぱぁっと、心が晴れてきました。(男は単純です)

そこへ貴公子の父(Dr.木村)が…現れた。

挨拶を交わしたあと、貴公子から話を聞いて、「山口くんの眼力は桁外れのようですね」と。。

さらに「ぜひ研究に協力してほしい(発明品の使用評価)」とおっしゃるのです。

実は眼力の強い人を探していたとも…。

家庭教師のアルバイト代くらいは最低でも保証するから…とまで。。。

まぁ、僕の眼力(透視能力?)って、そんなに価値があるのでしょうか。

(いや、イタズラのセンスのほうかな…。)

断る理由もないので…引き受けることにしました。

こうして、僕は、愛ちゃんと貴公子と「発明品の評価チーム」を組むことに……。

後日わかりましたが、本当は発明品もつかった「調査チーム」だったのでした。

そう、これが、すべての「始まり」…でした。

 

 

 

 

第3章「告白」

 

あれから、貴公子宅で夕食をごちそうになり、午後10時頃アパートに着いた。

貴公子の操縦するUSOで送ってもらったのだ。もちろん、自転車もいっしょに。

アパート上空で地上に向けて、フォトシールドをつくり、その中を…

愛さんといっしょに…折りたたみ傘(日傘兼用)のキャリーで、地面に降り立った。

(重力を感じない不思議な感覚だった)

本当に今日はいろんなことがあった…

…寝床から、アパートの天井を、ぼんやりと見つめていた。…なかなか寝付けない。

今、午前0時をまわったところだ…

っと起き上がり、スタンドをつけ、静かに机に向かった。

僕は、日記をつける習慣がない。でも…今は書きとめておきたかった。

おそらく…生涯忘れたくない日、記念日だからだ。

そこで、引出しにあった使いかけノートの…そう、最初の数ページをカッターで切り捨てて、

昨日の出来事、そして今の自分の気持ちを……素直に書きとめようとボールペンを走らせた。

あとで読み返して、忘れないように…と…

・・・・・・

開発品評価チーム結成のあと、なにがあったか書きとめておきます。

早速、ミーティングでした。(パーテーションではなく個室でした。)

貴公子と二人で、愛ちゃんをまっている間、貴公子はいろいろと説明してくれた。

まず、チームリーダーが岡村愛であること。

Dr.木村が指示を愛に伝え、それを携えてここでミーティングが始まること。

この組織は究極的には国民の安全確保。そのための有益な情報を収集し国に提供するためにあること。

そのために必要な装置を発明(研究・開発)していること。

さらには…国民を救えるような特殊能力者の人材育成をする秘密機構でもある。

薄々気づいてはいたが…

貴公子は他人の考えていることがわかるそうだ。「超読心術」と呼んでいた。。

それから、リーダー岡村愛には、2つの能力あることも。

一つ目は「気のシールド」を操れること。

いつも自分を保護するバリアを張っている。その中で気配を消すこともできるそうだ。

だからけっして目立つ存在ではないのだ。

そのあと、貴公子はこんなことを言った。

「さっき…、愛は、気のシールドを目一杯張って、気配を消していた。

しかも、フォトシールドと重力・磁場シールドを重ねた壁をつくり、その後ろに、愛は潜んでいたんだ。

…なのに、山口くんに、すぐに発見されてしまったよね。 …いともたやすく…

あれは、愛にとっては、かなりショックだったと思うよ。

でも、実際どの程度ショックを受けたのか、残念ながら…私の超読心術をもっても、

愛の心だけは読めないんだ。気のシールドに守られていてね。

視点を変えれば、機密情報を管理するのに最適というわけ。リーダーに適任というわけさ。

愛の、もう一つの能力は…超聴力の持ち主。つまり、耳がいいのさ。

このことは、すぐに気づくと思うけど…。 

先日の講義のとき…そう、山口くんが隣りの席にきたとき…

私は愛の方を見つめていたよね…あれは…

バタン! (ここで話は中断してしまった)

個室の扉が開いて…なんと、ショートカットの愛が現れた。。

・・・・・・

ここまで、日記を書いたところで…ペンを休めた。

ちょっと疲れたのだ。

とりあえず…初めての任務;

「透視メガネの評価および使いこなし」…と、題名だけ書いて、

手を休めて、その先の出来事を回想した。

・・・・・・

「岡村さん、髪どうしたの?  いつのまにカットしたの?」

「あれは、カツラよ。耳の装置を隠すためのカモフラージュ。」

ショートカットも似合っている。

愛さんってなんて、可愛いんだ。 (僕は、ぼそっとつぶやいた)

「ありがとう。山口くん。褒めてもらえて嬉しいわ。」

貴公子が口を開いた…「愛、そろそろ本題にはいろう。」

「そうね、おにいさま。。」

そういって愛ちゃんは、黒いメガネケースを僕に手渡してくれた。

ケースを開けると、そこには一見なんの変哲もない黒縁メガネがあった。

「山口くん。その透視メガネの作動テストをするから、かけてみてくださる?

ちょっと試験をするわ。」

「メガネ、なかなかお似合いよ。…なんたって愛のデザインなんだから…フフッ」

「おにいさまは、シールドのセッティングをお願いね。」

「Dr.から…簡単な説明で、どのくらいメガネを使いこなせるか、試験するように言われてきたの。」

貴公子は、壁際の「つい立て」(姿見くらいの大きさ)を1mほど手前に移動した。

つい立ての裏面に操作パネルがあるようだ。

貴公子が調整すると、つい立ては、透明なアクリル板のようになった。

つまり後ろの壁際の景色が透けて見える。(フォトシールドだろう)

透視練習用の「つい立て」(中は厚さ3cmの鉛の合板)で、つい立ての後ろに物体をおいて、

それをこちら側から透視するというもの…との説明だ。

さらに貴公子は、「透視のイメージをつかみやすいように…」というのだが、私には全く見えない。。

といっては思い出し笑い、クスクス…次第に高笑いに。何がおかしいのか僕にはさっぱりわからない。

それはともかく、しばらくして「準備OK」と貴公子が言うと、愛ちゃんはつい立ての後ろに立った。

もちろんこちら側からは愛ちゃんは全く見えない。(後ろの壁際の映像が見えるだけだ。)

つい立ての後ろから…「山口くん、ちょっと目を凝らしてみてぇ。愛が見える?」。。

「まさかぁ、エスパーでもあるまいし、鉛板の向こうが…

えぇ~っ、見えた。見えたよ。なに、このメガネ!」。

「さすがね。山口くん。今度は、後頭部、そう視覚野に意識を集中させて、

さらに深く奥まで透視してみて…どう、なにが見える?」

「んんー、ちょちょっと…えぇ、なにこれ…愛さんの水着姿が見えます。ビキニ姿!」

「ふふ、恥ずかしいんだけど、業務命令なの。 見苦しいけど、ごめんなさいね。

…それで、色と柄はわかる?」

「ブルーの布地に大きな花柄、ハイビスカスかなぁ」

「正解よ。すごいわ。」

「でも水着はパパが開発した愛専用のスーパーシールド素材よ…。

透視できないとは思うけど、一応試験だからやりますね。」

「山口くん、遠慮しないでよ。これは試験なんだと割りきって全力を出してみてね。」

愛は声をより大きくして…

「いいっ、眼を大きく開いて『見えろ』って、強く念じるのよ。

愛は反対に見られないように、気のシールド力を全開にするわ!」

「おにいさま、試験は1分間よ。合図をお願いね。」

準備が整い、カウントダウン。貴公子がスタートの掛け声をあげた。

「つい立て」に映る愛さんの姿は白い霧に包まれて輪郭だけになった。

これが、スーパーシールドなのか。すごいパワーだ。

僕は、今まで以上に眼に神経を集中した…すると…なんと…みるみる霧は晴れて、

ブラウス姿の愛さんがはっきりと見えた。 本当に愛らしい。

その時だ!

メガネのフレームが急に熱くなった。しかもレンズが白く輝いてきた。

「思いのままに透視させてあげるよ」そんなメガネの意思表示のようにも感じた。

僕をメガネの持ち主と認めてくれたようだ。

まさに、これからが本領発揮。。。「見えろ!!」

ものすごいパワーが…ビームのように、つい立てに突き進んでいった。

すると、次の瞬間。。。僕の目の前には、一糸まとわぬ全裸の愛さんが立っていた。

(つい立てを、さらには愛さんのすべての衣類を透視してしまったのです。念のため…)

僕も…一応、男だから女の裸には興味はある。Hな週刊誌を見たりもする。

でも、好きな人の裸は別だと思う。

とても美しいんだ。 ふくよかな胸も…腰のくびれも…それから恥部も… 

すべて愛らしいんだ。

しばらく、まさに…鑑賞していた。ほんとうに女体は芸術的だ。曲線美は最高だ。

一分が経過した。 

「そこまで!」の掛け声で、試験は終了した。

 

そのあとのミーティングで、僕はウソをついた。

最後の透視は、白い霧が立ち込めて無理だったと報告した。

貴公子は何も言わなかった。(おそらく、僕の心を読めば、分かっているはずだが…)

「優しさ」なんて、薄っぺらな言葉で説明できないが…

…どうしても裸をみたとは言えなかった。

 

そのあとの雑談で…

「山口くんの名前…そういえば、まだ聞いていなかったわ」

一瞬、僕はためらった。

「笑わないでよ……健(けん)っていうんだ。健康の「健」」

「続けて、読んでごらん。 みんな笑うよ!」

「山口健(やまぐちけん)か、君のご両親もなかなかだね…」 

貴公子はクスクス笑いから…やがて高笑い。

「じゃぁ、健(けん)って、およびしますわね」

「わたしのことは、愛でいいわよ!」

こうして、ミーティングは、無事、終わりました。

・・・・・・

このあとは最初に書いたように、

ミーティングのあと夕食をごちそうになり、送ってもらったわけです。

でも、早いのなんのって…USOに乗って5分後…

もう僕の住むアパート「コーポ和泉(いずみ)」の上空にいました。

もちろん…建物を空から見るのは初めてです。

すべてがホント…小さくみえる。こんな狭い場所に多くの人が暮らしている。改めて驚かされます。

貴公子は操縦席で待機しているので…

(まだキャリーを持たない)僕は、愛に連れられて…地表に降り立ったわけだけど…

「健の部屋を見たい」といって、ついてきました。

僕の部屋は204。3階建、築5年。10畳くらいの1Kルーム。

いつものように…鍵を差してノブをまわす。ドアそばのスイッチで灯りをつけて…、

それからカーテンを閉めに、まず部屋の奥へいく。

愛は玄関から…

「ふうん。小ざっぱりしてるわ。感心よっ。」

「ちょっと、お邪魔します!」と…僕の空間に入ってきた。

カーテンを閉めて、机のところまで戻ってきた僕に…

突然…「愛のこと。どう思う?…」と、真顔で聞いてきた。

もちろん好きだけど…何て言おう…とっさに…

「あのビニール傘の落書き。あれが、僕の本当の気持ちです!」と告った。

「は〜い、了解ですわ!」

そういって、愛は僕の胸に身を寄せてきた。

しばらく、抱き合ったままで、ふたりは話を続けた。

「僕、ほんとは…恐いんだ。透視能力があるなんて…」

「大丈夫よ、愛も最初は恐かったわ。でも、誰でも何かしら持っているのよ。

その能力に気づいていないだけなのよ。自信をもって…

練習すれば自由に操れるようになるわ。きっと役に立つわ。

そして、一生、愛を守って…。愛も健を支えるから…」

僕は、うなづいた。(夢のような…おもわず頬をツネってみた…痛い!)

「…ねぇ、さっき、ほんとうは私のからだ見えたんでしょ?」

「えっ…なぜ…?」

「…実をいうとね。シールドに健のビームを感じたとき…

シールドが共鳴して、消えてしまったの。だがら、わかっていたの。」

「本当のことをいうと傷つくと思ったんでしょ?…やさしいのね。」

「いや、そんなんじゃないよ。ただ…」

「ただ……な・に・よ!」

愛は、ちゃめっ気たっぷりにいってから、こういった。

「メガネを外してくださる? 愛もすべてのシールドを解除するわ…」

メガネをケースにしまって、振り向くと…

…さっきよりも激しく、愛は僕に抱きついてきた。僕も、しっかり抱きしめた。

ほんとうに時間が止まったようだった。

それから…自然に唇を重ねた。愛の目から一筋の涙がこぼれた。

「シールドを破られたの……愛、生まれて初めてよ。最初はショックだったわ…。

でもね、破られたんじゃなくて…、ほんとうは、愛のほうから外していたのだと気づいたのよ。

だって、健…あなたには、何も隠す必要がないんだもの。

ふたりの間にシールドなんて…不要でしょう? むしろ、私のすべてを見てもらいたいわ。」

「透視ではなくて、本当の私を…あなたの網膜に焼きつけて…」

そういうと、愛はブラウスのボタンに手を掛けた。

灯りを落とそうとしたら。このままで…という。

僕はどうしてよいか分からず。。。じいっ…と、足元の床を見つめていた。

愛の脱ぎ捨てた衣類が…床に…そして最後の1枚も…すっ~と落ちた。

「ねぇ、みてちょうだい!」 裸の愛が…腕をひろげていた。

…そして僕の胸にとびこんできた。愛の裸体は少し震えていた。

耳元でささやいた…「健は初めて?」と…

「う、うん…」。

「愛もよ。…初心者どおしね!」

「じゃ、お互いのからだを…よく観察しないとね」と…いうと、

僕も裸にされてしまった。

小さな男の子が洋服を脱がされるみたいだった。

パンツなんか、一気に下げられた。

「これで、おあいこよ。」

ここまでくると恥ずかしいというより、面白かった。

自分と違う「からだのつくり」を、しているわけだから…

それから…布団を敷いて、ふたりは…からだの隅々まで愛撫しあった。

だんだんと熱くなって汗ばんでいった。

愛は、とてもいい匂いがした。

「あぁ運命の出会いですわ」…次第に愛の声は上ずっていった。

灯りを消し…ふたりは本能のままに、身をまかせた。

なんども潮の満ち引きを繰り返し…

そして、やがてふたりは…ひとつになった。

・・・・・・

もう、午前1時になろうとしている。

愛は生まれたままの姿で、あのあと眠ってしまった。

僕の布団の中から、穏やかな寝息がきこえる。

結局、日記は途中までとなったが…

少し、気持ちの整理ができたので、こんどは眠れそうだ。

っと、布団にすべりこみ…

愛に寄り添うようにして、僕は深い眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

第4章「美術館」

 

唇に熱いものを感じて目が覚めた。

「ふふっ。目が覚めまして?」

あぁ、愛がいる…夢ではなかったようだ。

でも、目覚めのキス…とは、ちょっと大胆な気もするが…。

愛は化粧もすませていた。(化粧ポーチはいつも携帯しているのだそうだ)

僕が…「着替えるから、向こうへいってて」といったら…

「フフ…もう一度みたいですわ」と…

いきなり布団をサッとめくり、それから台所のほうへ行ってしまった。

僕はとっさに、毛布にしがみついて…難を逃れた。

僕の部屋はフローリングだが、畳が落ち着くので大家さんに頼んで奥の6帖分は畳を敷き詰めている。

入り口付近には台所があり、小さなテーブルと椅子2脚がある。

苦学生には、コンビニよりもスーパー特売の買いだめ&自炊生活のほうが似合っている。

電子レンジとトースターくらいはあれば、なんとかなる。

着替えて台所へいくと…

愛は、冷蔵庫からトマトとレタスをみつけて、サラダをつくっていた。

僕はハムエッグを焼いて、フランスパンを軽くトースト。

インスタントコーヒーに牛乳を入れてチンした。

ふたりは、ブランチをとりながら…会話を始めた。

しばらく、僕は聞き手にまわった。

「昨日のおさらいね。」

「メガネは起きているときは、なるべく掛けていてね。メガネがあなたに馴染むから。」

「透視力の深度を調整することから、少しずつ練習を始めるそうよ。」

「そのうち書類を重ねたまま、1枚ずつ透視できるようになるらしいわ。」

「それで…早速なんだけど、今朝、おじさま…Dr.木村から指示があったの。

健は相当、期待されているのね…愛、うれしいわ。」

「健にね…衣類の透視を…早急にマスターしてほしいっていうの。」

ここで、僕が口を挟んだ。

「衣類の透視なら、昨日できたじゃないかぁ!」

「ううん、あの時は…愛はシールドを張っていたし、鉛の板もあったわ。

衣類の透視をするくらいで、あんなにエネルギーは必要ないはずでしょ。

その力の加減をつかんでほしいのよ。」

「早急にマスターって…いつまでに?」

「今日の午後一時までに…」

「えぇ!そんなの急すぎるよ。で、衣類の透視って……なにを?」

「それが…女性のバスト…なのよ。」(愛はちょっと赤くなった)

「ちょ、ちょっと…なにそれ!」

「愛にもわからないわ。驚きよ。。詳しいことは、後で説明するって。。。」

「調査のために、健にはマスターしてもらわないと…」

「それで、どうやって練習すればいいの。リーダー」(でれっ

「そうねぇ。私が練習台になるしかないわねぇ。」

そういってから、愛は少しの間、静かに目を閉じた。

……「健、いまシールドを解除したわ。透視してみて…」といった。

「なるべく短時間でね… …深度の感じをつかむのよ。」 

(瞳を閉じた愛を見て…僕は、昨夜のキスの時を思い出した。)

真面目に、愛の胸のあたりを…じいっと見つめながら…

「ブラウスを透過!」とメガネに念じた。

すぐに、ベージュ色で小さな花の刺しゅうのブラ姿の愛が現れた。

ブラは、見事にフィットしている。

うぅ~、ブラジャー姿ってなんて色っぽいんだ…刺激的だ…。

我を忘れ、見入ってしまった。思いのほか、時間が経過していたようで…

「どう…できそうですの?」愛はちょっと不安そうにいった。

「いま、深度調整中。。だから…もう少し待ってぇ。」

さらに…「ブラジャー透過!」と念じると……見えました。…絶景です。

それにしても…愛の乳房…何度見ても感動ものです。

「愛リーダー! 出来ました。完璧です!」

「あとは、スピードね。…USOでいくより、電車がいいわね。練習できますわ。」

「えぇ??」

 

そのあと、電車を乗り継いで、上神野の美術館へ向かった。

車中、、、、ずうっと女性のバストばかり。。。まるで女湯です。のぼせそうでした。

「一瞬で、乳房を見る。」

どうも、初仕事は、これが、キーワードのようです。

ここは付け焼き刃でも、練習してマスターしなければ。。。

僕は、乗客女性の胸を透視しつづけました。

それにしても、「おっぱい」にも…まさに個性があります。

色も…大きさも…形も…乳輪も…ホント、同じものはありません。

とても、勉強?になりました。

上神野駅に到着です。

「愛リーダー。完璧です。マスターしました。3秒くらいで視えます」

「目の保養は、できまして?」(ちょっと不機嫌そう)

「そんな、余裕は。。。でもやっぱり、愛のが一番でした。」

「ふふっ。。愛、ちょぴり…変な気分でしたわ。

健が、他の女性(ひと)のバストを見ているなんて…平常心では、いられませんもの!」

「嫉妬した?」

「違いますわ。断じて違いますわ!!」

「なになに、もう夫婦喧嘩ですか?」 貴公子があらわれた。

そして、美術館のロビーには、もう一人……白髪のご老人が待っていた。

「山口くん。この方は岡村会長。近未来ラボ2の創設者です。」

「おぉー、君が…山口くんか。」(握手を交わた。)

僕は丁寧に挨拶した。

それから、美術館の受付嬢は、応接室に僕らを案内してくれた。

「14時になりましたら、お呼びにきますので、それまでおくつろぎください」といって出て行った。

四人はソファーに座った。僕は愛の隣です。。。

「おじいさま、今日はどうなさったの?」

「Dr.木村の代わりにきたんじゃよ。Dr.は急用じゃと…。」

「それにしても…愛。よかったのう…昨夜は、どうじゃた? ひょっひょっ…(笑い声)」

「いやですわ。おじいさまったら…」

「変な意味でいっているのではないぞ。愛…これは、とても重要なことなのじゃ。」

「山口くん、そして愛よ。打ち合わせの前に、伝えておきたいことがある。

わしの永年の疫学的調査から、ほぼ100%の確率で発現していることなのじゃがな…。」

「不思議なことになぁ…、超能力者同士の男女が「完璧にまぐわう」と、新たな能力が備わるのじゃ!」

「不完全ではダメじゃ。まぁダメでも、いずれ熟練して備わるじゃろうがな…ひょっひょっ」

「まぐわいによって、たがいの分泌物(たとえば粘液や汗)は、皮膚や粘膜を通して吸収される。

つまりは交じり合うわけじゃが…。視点を変えれば、自分と違うものを受け入れることになる。

分かりやすいように…分泌物などの目に見えるもので説明したが、

実は「気」「心」といった見えないものの交わりも、いやむしろこちらのほうが重要なのじゃ」

「その結果、遺伝的に眠っていたスイッチがONになったり、新しいタンパク質が合成される。

…と、わしは推測しておるのじゃがなぁ。はっきりしたことはわからんのじゃ。」

「おじいさま、、まぐわいって…あの?…」

「そうじゃよ、男と女の交わりさ ひょっひょっ」 (愛、赤面です)

間髪いれずに…僕は尋ねた。

「それで、仮にですよ。もしも…『愛と僕が完璧にまぐわった』と…しますね。

…すると、どんな能力がつくのですか?」

会長の眼が輝いた! (キラッ)

「ずばり、ふたりだけのホットラインができるのじゃ。」

「しゃべらすとも、会話ができる。遠距離でもOKじゃ。」

「ふたりだけの特別なシールドで保護されており、超読心術などでも、盗聴されないんじゃ。

…すごいじゃろう。」

「んん…それでなぁ…今日の調査は…、ちっとのう…難題でのう…」

会長は少し言いよどんでいたが…

(さらりと…)「調査に、ホットラインは使えそうかのぅ?」と流した。

愛と僕は顔を見合わせた。

『どうしよう、恥ずかしいわ。昨夜のこと…みんなに知られしまうわ!』

『僕だって恥ずかしいよ……でも、待てよ…本当だ、愛の声…聞こえるよ』

『愛もよ…』

『完璧なまぐわい…だったんだなぁ…』

『そんな流暢なこと言っている場合じゃ…なくってよぉ!』

『じゃ、まだホットラインは、使えませんって言おうか?』

『でも、それでは調査が大変になるんでしょう?』

『じゃ、どうしよう

『困ったわ

まさに、僕らはホットラインでやりとりしていた。(『 』はホットラインの会話です。)

その、問題に…ピリオドを打ったのは、貴公子の一言だった。(さすがに鋭い!)

「今、山口くんの心を読もうとしたら、電話でいう話し中の状態でしたねぇ

つまり、ホットライン中ということですよ。会長」(クスクス笑い…高笑いの貴公子)

「おぉ、そうか!! でかしたぞ愛!」(はしゃぐ会長)

僕たちは、ゆでダコみたいになり…手で顔を覆ってしまった。 「いやぁ~」(愛の悲鳴)

「なにを、勘違いしておるのじゃ。。君らは成長したんじゃぞ!」

わしの永年の疫学調査によると超能力の獲得には、先天性および後天性があっての…。

後天性とは、つまり生まれた後に身についたものだが…

調べていくうちに「男女のまぐわい」が大きく関与していることがわかったのじゃ。

これは、なにも性交だけでを意味するのでは…ない。

まぐわい(目合ひ)とは、「 目と目とを見合わせて愛情を通わせること」が出発点なのじゃよ。」

「これは、わしの推測じゃがなぁ…

山口くんが眼力を身につけたのは、愛と目を合わせてからではないじゃろうかのぅ。」

そういわれてみれば…僕はハッとした。

講義室で、愛に一目惚れして、食堂で「ごきげんよろしゅう」と目があって…

…そうだ。そのあと、僕は傘のシールドのトリックを見破ったのだった。

愛のおかげで…僕は超能力を獲得できたのかもしれない。

貴公子の住所だって、今思うと、目隠しの書類をどかして見た記憶がない。

愛を思う気持ちが…だんだん眼力を高めたのかもしれない。そう考えても無理はない。

「会長、おっしゃるとおりです。」僕は、謎が解けて嬉しくなった。

お礼を言いたい気分になった。

会長はさらに話しを続けた。

「まぐわいの話は、これくらいにして…。あんまり、愛を困らせてもなぁ…」

「さて、ホットラインも使えることだし、本題にはいりますかな ひょっひょっ…」

いよいよ、調査の打ち合わせです。いったい 「乳房の透視」は、何のために… 

会長が話しだすのを…貴公子と愛と僕の三人は、固唾を呑んで待っていた。

もちろんその間、僕は、ずうっと…愛の手を握りしめていた。

(まだ、ふたりは恥ずかしかったのでした)

 

会長の表情が引き締まり…そしてゆっくりと話し始めた。

「表向きは調査じゃが、怪事件の捜査協力といったほうが…よいじゃろ。

ここ3年ほど前から…

彫刻家の巨匠、山之内大蔵(やまのうちだいぞう)氏の新作発表の直後に、

レプリカが多量につくられ、発表翌朝には数カ所のゴミ置き場に…それが山積みされるのじゃ。

しかも、まだ犯人は捕まっておらん…。

そんな折じゃが、今日は大蔵氏の還暦祝をかねた催し物が開かれておる。

大まかなスケジュールは…こうじゃ。

10時から、美術館近くのホテルでの講演会、関係者を招いての昼食会。

そして、ここ上神野新現代美術館で、13時から山之内大蔵の新作展示会が始まっておる。

まずは身内、関係者への新作お披露目。

まぁ発表セレモニーといったところかのぅ。今頃やっているころじゃろう。

一般公開は15時からじゃ。

初日とあって混雑が予想されるでのう。

特に、新作「ラフな裸婦」は、大蔵、久々の自信作と、もっぱらの前評判なのじゃ。」

「木村くん、ちぃとすまんが、こちらのレポートをよんでくれんかのぅ。

美術館管轄署から、マル秘書類を預かったのじゃ。

今日も厳重警戒で人員を配置するとのことじゃがなぁ…。

要は、我々にあやしい人物を特定して、それをすぐに教えてほしいということなのじゃよ。

追跡から先は警官の仕事じゃからのぅ。特定までが、われわれの任務というわけじゃよ。」

「書類を読みますよ、……(略)…過去の監視カメラ画像を解析したところ、

過去3回、いずれも初日に同じ女性が映っていることが判明した。

当初、背格好は同じだが、ヘアスタイルも顔立ちも違うことから別人としていた。

ところが、コンピュータで動きを計算したところ、3回とも寸分違わず同じ動き(軌道)で

彫刻のまわりを3周ほどしてから立ち去っていた。まるで精密機械のような正確さだ。…(略)。」

「そして、これがその女性の写真じゃわい。」

「アンドロイドの…純だわ。でも…いま、財政局へ貸出しているはずですわ…」

「ニックネームは『マルサの純』だったなぁ。はっはっ…」

『健! アンドロイド純は、見た目も動きも人間そっくりに作られた人造ロボット。

黙って歩いていたら人と区別がつかないわ。

情報収集用のロボで高感度カメラから高解析度の3Dスキャナーまで備えているのよ。』

『愛、そんなものが…実在しているなんて驚きだね!』

「会長、純のスキャン情報を3Dプリンタに送れば、作品のレプリカなど簡単に量産できてしまうわけですね。」

「そのとおりじゃよ。木村くん。」

僕はおもわず口を挟んだ。…「顔がわかっているなら、すぐに見つかるでしょう?」

「ところがじゃなぁ~ 純は百面相で変装も自由にできるのじゃよ。

さっき純とわかったのは、たまたまその顔であったからじゃ。」

「じゃぁ、どうやってみつけるのですか?」

「ひょっひょっ…面白くなってきたわい…ここからが肝心なところじゃ!」

「この事件を聞かされたときに…

すでにDr.木村は、アンドロイドを操るものの仕業と推理したのじゃ。

スキャナーなどの機器を展示室に持ち込むことなど人間技では無理、アンドロイドなしでは不可能と。。」

「でじゃなぁ、アンドロイドの見分け方は2つある。『乳房をみる』と『機械音を聴く』じゃ。」

「人間の耳には聞こえにくい周波数帯の、微かなモーター音がするのじゃよ…

超聴力なら聴こえる。そうじゃて、愛がこの音をキャッチしたら、

『ホットライン』で山口くんに教えるのじゃ。要は、絞り込み、スクリーニングじゃなぁ」

「そして山口くんは、愛が知らせた辺りのおっぱいを…、かたっぱしから透視するのじゃ。

いいのうぅ ひょっひょっ」

「おじいさま!」

「アンドロイドには乳首がない。そう、マネキンのような胸をしているのじゃよ。

マネキン胸をみつけたらその服装や特徴を頭の中で復唱するんじゃよ。

木村くんが絶えず、山口くんの心を読んでいるから。すぐに情報は伝わるわけじゃ。」

「それを、木村君は警察官につたえれば、わしらの任務は終了というわけじゃ。」

「どうじゃわかったか。」

三人は頷いた。

「そのあとは…警察官がアンドロイドを尾行し、持ち主に任意同行を求める…という筋書きじゃな。」

そのあと、14時から、美術館の職員や警察官も含めた打ち合わせをした。

僕たちは15時少し前に、展示室でスタンバイした。

三人は美術館職員の制服をきて、指定された席に座った。

愛は、入り口付近(モーター音を聴きとるため)。

僕は、彫刻の近く。「ラフな裸婦」を鑑賞する女性の乳房を透視しやすい場所

(もちろん愛がみえるところ)。

そして、貴公子は、出口付近。私服警察官の近くにいた。 

 

15時のチャイムと同時に入口が開いた。

すぐに、たくさんの人たちが巨匠の作品を魅入っていた。すごい混雑だ。

僕は時折、透視のウオーミングアップをしながら、愛からの連絡を待った。

透視したい女性の胸元に焦点を合わせて、「乳房よ見えろ」と念じると…

すっと…胸元の衣類が消える。一人3秒もあれば透視ができるようになった。

それにしても…大蔵には、なんて女性ファンが多いのだ。78割は女性だ。

これではアンドロイドの特定は、やさしくはない。

ふと思った。。。

もし、僕のような眼力の持ち主がいなかったら、どうやって任務遂行したのだろうって。。。

おそらく、貴公子の超読心術で…心が読めない人が、アンドロイドと特定するのだろうが、、

でも、この大人数では至難の技だ。さらに、愛シールドがかかっていて連絡網が使えない。

仮に、愛シールドを解除して超読心できても、これでは貴公子の超読心術に2重の負担がかかる。

その上、愛はその間、無防備だ。

…そう考えると、自分の能力(眼力、ホットライン)が…ちょっと誇らしく思えた。

16時半ごろになると…大分すいてきた。

今のところ、普通の乳房しか見えていない。(まだ…ときどきウオーミングアップしてます)

閉館20分前。土曜日で、アベックも多少いるが、一人で観にくる女性のほうが多数派だ。

会長は出口付近にいた貴公子の隣にいき、前を見ながら話しかけた。

「木村君。そろそろかのう?」

「すいてきましたから、スキャンには最適でしょう。…もうじき来ると思います。」

 

16時50分…

そのとき、愛の聴覚に反応があった。

『健!あの赤いスカートの子。透視してみて。人が少ないから……まず間違いないと思うけど…。』

『…あの子だね。 「よ~し、乳房よ見えろ!」…あぁ、あぁ~マネキン胸だ!』

それから、アンドロイドの特徴(容姿)を頭の中で繰り返した。

すぐに…貴公子は、僕の方をみて頷いた。

しばらくして、アンドロイドが展示室の出口から出て行くと、 …5人の私服警官が時間差で尾行を始めた。

「これで、任務終了かのぅ

すでに、17時は過ぎていた。

職員は最後の入場者を案内してから、入り口をクローズした。

「もうすぐ閉館になりますが、ごゆっくりとご鑑賞ください」

館内アナウンスと終わりを告げるBGMが流れはじめた。

僕たち3人は、展示室出口近くにいた会長のところに集まっていた。

そのとき…だった。「ボーン」っと、突然、爆発音が響いた。出口通路からだった。

「木村くん、見に行くのじゃ!」

展示室は、たちまち騒然となった。

職員たちは、鑑賞していた2、3人を一箇所に集め、入り口のほうへ避難誘導した。

だが、一人だけ…「ラフな裸婦」を、まだ見入っている…ご婦人がいた。

最後の入場者だった。落ち着いて、ゆっくりと像の周りをまわりながら鑑賞しているように見える。

『健! モーター音がきこえるわ。』

『ここからは…ちょっと離れている。うまく見えるかなぁ…』

『拡大機能が使えるわ。「ズーム」と念じてみて!』

『OK。 乳房よ見えろ。ズーム!』

女性は…周回していた。

ちょうど、こちら側に正面が向いたときに念じた。

『えぇ、乳首があるぞ??』

『そんなはずは……確かにモーター音が聞こえてよ。。』

『健。よく、見てみて…、もっとズームして!』

『うん。「乳首、ズーム、ズーム、ズーム」。。。あぁ、レーズンだ』

『愛。あれは乳首でない。干しぶどうだ。』

『早く、おにいさまに、伝えて…。

大丈夫よ、アンドロイドには気付かれていないわ。平静を保つのよ!』

『はい、リーダー』

(木村くん。大変だ!もう一体アンドロイドがいた。最後の入場者だった。もうじき出口へ向かうよ。)

アンドロイドのご婦人は展示室を出ていったた。

ちょうどそのとき、会長の大きな声が響いた。

「木村くん。純に似ているおるぞ、、捕まえるのじゃ!」

出口への通路から、こちらに向かっていた貴公子は…ビニール傘をボンと開き、柄に付いたボタンを押した。

すると、傘の先端から稲妻のような電光がアンドロイドめがけて飛んでいった。

アンドロイドに命中し、その場に倒れて動かなくなった。

ビリビリと、しばらく放電していた。

愛は…純のフロントブラを、そっとやさしく外した。

すると、ブラの裏地にレーズンが、左右1つずつ当てがってあった。

「…純も女の子なのよ。…みんなと同じバストが欲しかったんだわ…。」

「アンドロイドが人間とあまりにもそっくりじゃと区別がつかんから、

乳首をつけなんだが…これは再検討の余地がありそうじゃのぅ。」

貴公子は、アンドロイドは尾行に気づき自爆したこと、その衝撃で警官は気を失ったが怪我はなく、

もうじき救急車が到着すると…簡潔に話してくれた。

「結局、犯人はわからずじまいじゃったがのぅ…。

それにしても、純の3Dコピーをつくり、アンドロイドを二体も送り込んでくるとは…

相当の知能犯じゃわい。」

「ところで…今日は三人とも、お手柄じゃった。なかなかの連係プレーじゃったぞ。」

「早速、帰ったらDr.木村に報告せねばのぅ…『ホットライン』が使えることもなぁ…」

愛は再び顔を赤らめた。

「愛、さっきも言ったがなぁ~。何も恥じることはないのじゃ。」

「だって、パパやママはどう思うかしら…」

「なに、ママがどう思うかじゃと…」

「愛、心配無用じゃ…

お前のパパとママも…若い時分に「ホットライン」で繋がったのじゃよ。

血は争えんのう…ひょっひょっ」

 

このあと、僕はUSOでアパートまで、送ってもらった。

愛のキャリーで、地面に降り立った。。。

ふたりは傘の中にいた。(正真正銘の「あいあい傘」)

「そういえば、『ホットラインは…お互いが話そうと思う時だけつながる』と、

おじいさまが、いってたわ。」

「どんなに仲がよくても、互いのプライバシーは決して侵害できないんですって。」

「お話がしたいときは、『愛』ってよんでくださいね。 いつでも、お相手しますわ。」

「ありがとう。でも今日はちょっと疲れたし…明日の日曜は休息するよ。

親にも電話で愛のことを話したいしね。まぁ掃除、洗濯で…一日おしまいだろうけどね。」

「もちろん、手が空いたら…ホットラインするよ」

「ふふっ…。待ってるわ!」

「愛は、帰ったら…すぐに、健のことをパパとママに話すわ。

…おじいさまも後押ししてくれるって。」

それから名残惜しそうに…愛は、上昇しようとしたが…

その前に…まぐわい(目合ひ)…ふたりは傘のなかで長〜い接吻を。。

「傘で、見えんのじゃ」(USOからの会長の嘆き:愛には聞こえていた)

「おじいさま!」

 

愛を見送ってから、僕はまっすぐ近くのスーパーへ寄った。

なぜか、急に現実の世界に引き戻されたようだった。

しかし…困ったことが。。。しばらく続くことになった。病的だ!

桃を見ても、アンパンをみても、肉まんをみても…

……まあるいものは…みんな乳房にみえてしまうのだった。

 

(第1話おしまい)