ビニール傘の貴公子(第2話)
第5章 盗撮おとり調査
夏も終わりかけたある日の夕方。
愛と僕はキャンパス近くの森林公園にいた。ふたりでベンチに腰掛けています。
でも、いつものデートとは勝手が違い、ちょっと破廉恥(はれんち)なカップルを…これから演じるところなのです。
…もちろん調査のため。
愛は聴力アップの装置をつけているので…ロングヘアー。そして淡いピンクのブラウスにジーンズ姿。
僕はレモン色の半袖シャツと(おそろいの)ジーパンです。
事のいきさつ…ですが…、
先月から都内の公園で男女カップルを狙った盗撮が後をたたないのです。
キスシーンの盗撮は、まだいい方で。。。
しかも、画像はネットで一般公開…顔までしっかりと映されます。
まさにプライベート侵害です。
写っていたのが元カレならまだしも、不倫相手だったら…。
人様にはいろいろと事情がありますからね。警察への被害届けが続出。泣き寝入りもあるでしょう。
これはいたずらの域を越えた犯罪です。
盗撮は上空からも…。しかも目撃情報がゼロ。。
ドローンだったら音でわかってしまいそうですが…犯行の手口はおろか、まったく手がかりがつかめません。
そんなわけで、「近未来ラボ2(ツー)」に調査依頼がきたのでした。
そして、愛と僕との「おとり調査」が…これから始まろうとしています。
と言っても…実は、すでに二度試みたのですが、いずれも失敗に終わりました。
「もじもじと手を握る」、「おどおどキスをする」…程度でしたから。。
そんな純愛カップルでは…盗撮はされないのかもしれません。
そこで今日は作戦変更。お上品ではなくて、破廉恥に演じることに。。。
(以下、『 』は愛と僕とのホットラインでの会話です。だれにも聞こえません)
『そろそろね』(愛)
『は~い、リーダー。…(乗り気のしない返事…本心はそうでもない)』(僕)
『恥ずかしいけど…台本通りにやりますわよ~。』
(台本は貴公子が書いてくれたのでした)
『昨日よりも、盗撮をそそるような…いやらしい演技と言われても……まじめな僕にできるかなぁ~』
『男の方って、みんなエッチなんでしょ?』
『演技じゃなくて…本当なら…いいんだけど…』
『えぇ! それどういう意味ですの?』
『まぁまぁ…、それはともかく…演技スタートしますよ!』
ここは…とある森林公園。人気の少ない林の奥のほうの芝生のベンチ。
20代のカップルが肩をよせて腰掛けている。
さきほどまでは、ぼんやりとブナの林をみつめていたふたりだったが…
突然、男は左腕で女をつよく引き寄せ、いきなり女の唇を奪った。
女は少しだけ抵抗してみせた。しかし…すぐに…されるがままになった。
女の腕は、だらりと垂れ下がっていたが…
男のキスが髪をかきわけ首筋までのびたころには、しっかりと男を抱き返していた。
ディープ…で舌を絡めあった。(もちろん、台本通り…です)
そのとき、はじめのホットラインです。
(このように演技の途中に入ります。読みにくいでしょうがご勘弁)
『健! 何か機械音が聞こえるわ。近くよ。ときどきシャッター音も……。
眼鏡をズームにして見てくださる?…気づかれないように…動きは止めないようにね。」
男は顔を上げて、こんどは女のふくよかな胸に右手をのばし、ブラウスの上からバストを撫で回し始めた。
正面を見た。
『愛、小鳥がいるよ。黄色いやつだ。芝生の上をぴょんぴょんしている。
ときどき飛び立つが、すぐに地面におりてこっちをみている。
…あっ、目の上が光った。こいつ三つ目だ!』
『 健! 今、シャッター音が聞こえたわ。あぁ~間違いないわ。その小鳥が盗撮しているのよ。
おにいさまに伝えて……場所はこのベンチから西に…』
『そう、20メートルくらいかな。貴公子には…僕の心を開いているから、もう伝わっていると思うよ』
(健のメガネには特殊な送信機をつけたので、ONにしておけば、遠方でも貴公子に意思が届くのである)
『おにいさまがこちらに着くまで、小鳥に盗撮を続けさせないとね。』
『じゃ、演技をつづけてくださる?』
すると、男は女の正面の芝生に膝をつき、今度は両手で胸をわしづかみにした。
『あれ?愛…さっき薄々感じたけど…ブラは…??
台本では、「そのあとブラウスのボタンを少しはずし、ブラに手をやる」…なんだけど…
つけていないの?』
『ふふっ…忘れましたわ…健、アドリブよ! お願いしますわ!』
『あの~ブラって、忘れるものなの?』
『……』
(予定を変更して…もう一度ベンチに戻り)
男はブラウスの上から膨らみあたりのボタンをはずし、隙間から右手を入れて左乳房を愛撫した。
「いいわ~」思わず女はつぶやいた。『…演技に決まっているでしょ!』(と、愛)
それから…再び長いディープキス。
『シャッター音はしきりに続いているわ…。いい調子よ、健、上手よ…』
『あの~、リーダー…。台本には「胸をさわる」までで…おしまいだよ。そろそろ貴公子が来てくれないと…ネタ切れに~。』
『到着までに、こんなに時間がかかるなんて…。困りましたわ。』
『公園で服を脱がすわけにもいかないだろう? 最初っからそういう約束だしね。』
『それはそうですわ。でもここで終わったら、小鳥が飛び去ってしまいますわ。。
それこそたいへんよ。健!もっと先まで…アドリブを考えてくださる?…愛も…ついていくわ。。。
…それにしても、ほんと、おにいさま遅いわねぇ~』
男はベンチから立ち上がった。
それから、女をベンチにまっすぐ座らせた。ジーンズ姿に目をやって、にやりと笑った。
『こんな、僕は、いやらしくないんだけど… 』
『わかっているから続けて…おつきあいするから…』
(MSを、いやSMだったっけ…を連想して、演じてみることにした)
男は女の前にしゃがみ、サンダルを脱がせ足の爪から指へと舐めまわした。
ピンク色のペニキュアがキラリと光った。
手のひらで、ジーンズの上からゆっくりと脚にそって這うように愛撫しはじめた。
下から上へ、すりすり…すりすり…太ももに近づくころには、女は脚をゆるめていた。
『健。どこでこんな技を覚えまして?…愛は初めてよ! 女王様になったみたいよぉ。。あっ…シャッターの音が大きくなってきたわ。』
(僕は、うしろを振り返ってみた。)
『愛、すぐうしろ。5メートルもないよ。南西の方角から飛びながら撮っているね。』
そのときだった。
ポツリ、ポツリと雨が降りだした。
ここで、演技を中断できた。(ふたりは、ほっとした。)
愛は手提げバッグから折りたたみ傘を取り出し、ふたりの間にさした。
柄の模様が白くぼわぁと光った。
『おにいさまが近くに来ているわ。着いたのよ!』(USOに乗る傘が光ったのだ。)
雨はすぐに本降りとなり、さらに集中豪雨となった。
バケツをひっくり返したような凄まじい雨だ。
風がないのが幸いだが、稲光りも怖い。ときおり光っている。
小鳥は…最初に見かけた芝生近くの大きなブナの木の枝で雨宿りしていた。
けっこう、高いところ、てっぺん近くだ。
その位置を貴公子に伝えた…次の瞬間だ。雨はピタっおさまった。
…が、直後にピカッと稲妻が光り、バリバリっと大きな音。落雷が落ちた。
…しかも、あのブナの木を直撃した。
木は縦に裂けて上部は燃え上がっている。僕は眼鏡のズームをいっぱいにして、小鳥のほうを見た。
黒焦げの塊が火だるまになって落下するのが見えた。焼かれて炭になってしまったようです。
一瞬の出来事でした…。
それから、燃え盛る木のてっぺんにアンテナのようなものが埋まっていることに気付き、それも貴公子に知らせた。
やがて回収作業も終わり、USO船内に愛のキャリー傘で戻った僕たちに…
研究所エンジニアの桜ヶ丘隆さん(男性35歳:独身)は、さきほどの黒焦げアンテナ(一式)とドーム型の容器を見せてくれた。
なんと、容器の中には先ほどの小鳥が(動かないけど)いるではありませんか!
「おどろいた?」と…くすっと笑い…だんだんといつもの高笑いに…。
それがおさまると、貴公子はゆっくりと説明を始めた。
「さきほどの豪雨も落雷も、お気付きのとおり、すべてUSOが作り出したのさ。
実は学食での雨もそうだったのだがね。
それはともかく、「小鳥が盗撮している」と山口くんからの連絡で、雨を降らせてみた。
すると木に止まったと聞いた…それでピンときたんだ。遠隔装置がその近くにあるはずだ…とね。
それを壊すために、木に落雷を落としたのだが…。
その前に、まずは小鳥を捕獲しなければ、というわけで…まず弱い落雷を小鳥に浴びせた。
小鳥は気を失い落下しはじめたので、間髪入れずに大きい落雷を木のてっぺんから派手に落とした。
落下途中の小鳥は、フォトシールドで姿を隠してからマジックアームで捕獲し、
さらに小鳥に似せたカーボン粘土細工に火をつけて替わりに落としたとというわけさ。
私は計画しただけで、実際は全て桜ヶ丘さんの見事な操作によるもの。いやぁ見事でした。」
「それにしても…おにいさま!ちょっと到着が遅すぎてよ!」
珍しく愛の口がとがった。
「すまん、すまん。テストの時、雷発生機の電圧が上がらず、仕方なく一度引き返したからね。
どうも最近使っていなかったからのようで、バッテリー部品を交換してから……。
桜ヶ丘さんにメンテも兼ねていっしょに来てもらったのさ。まぁ、そういうわけで遅れてしまった。」
僕もひとこと言った。「台本が胸まで…しかなかったので、その後の演技に…困りましたよ。」…と。
すると、愛も続けた。「おにいさま、台本の続きを書くとしたら、胸の次はどこでしたの?」
「遅れたんですもの、お答えになさって! おにいさま。」
「まいったなぁ、あの~胸までには到着できると思っていたので、先は考えていないよ。
あえて、書くとしたら、そうだなぁ…次は「おへそ」だね!」
「えぇ!!」(僕と愛、ほぼ同時!)
「でも、山口くんは足の爪先から攻めた。。さすがだ!!」(妙に感心している貴公子)
「まったく、男の人って、ほんとにエッチですわ!」
こんな、おかしな会話をしていると、そろそろ研究所のある街並みが見えてきた。
上からみると、高級なニュータウンだ。自然と一体化している。
「近未来ラボ2(ツー)」はその地下にある。
そう、そう、ここで僕の新居について触れておきます。
眼力が優れている僕のセキュリティーを強化するには、アパート暮らしはふさわしくないと、
国からの要請もあり、このニュータウンに住むことになったのでした。
いままでの大家さんからは、フローリングに敷いていた畳をいただきました。
これがあると落ち着くのです。
しかも新居の間取りはいままでと、ほとんど同じ。
違うのは…ここが一軒家の2階の一室であること。そうです。愛の家族と同居しているのです。
ドアをノックをして、愛はいつでも僕に会いに来ることができるのです。
僕たちは学生だがら結婚はもう少し先ですが、互いの両親は認めてくれています。
そういえば、分析チームは、おとり調査で回収したものを解析しています。徹夜になるだろうと桜ヶ丘さんは言っていました。
明日の昼過ぎには報告会ができるようにと…。
僕は…演技に疲れたので部屋のシャワーを浴びてパジャマに着替えくつろいでいました。
明日は日曜日です。
さて寝ようか…と。。。
そこへ、コンコン「入りますわよ」と…。もちろん愛です。なんと、昼間とおんなじ服装です。
もう寝る時間なのに…。「どうしたの?」
すると、あま~い声で…
「女王様気分が途中でおしまい…続きが気になり…眠れませんの」…とつぶやくのです。
男は辛いよ…です。僕が撒いた種です…仕方ありませんけど。。。
それで、ジーンズ姿の愛をソファーにちゃんと座らせて…
足の爪から、そうあのシーンの再現です。
やれやれ…僕もだんだんその気になってきました。。
まぁ、あとはご想像にお任せします。
そのあと、電気を消して…おやすみしたのでした。
第6章 チームアイスリー
翌朝は9時ごろ起きて、愛と近くを散歩をした。
平日は僕たち3人は時間差で通学していた。
愛のことは悪友たちにも話しておらず、大学では単なる顔見知り…といったところです。
それと…急用でもない限り「ホットライン」は使わないことにしました。
使うのは基本的に調査の時だけ…これは愛の母上からの助言なのです。
直接会って話をすることが、これからのふたりには、とても大切だと…。
なんとなく言っている意味が分かります。
携帯電話や電子メールに頼ってコミュニケーションを図る世の中ですからね。
こうやって散歩しながらでも、互いに顔を合わせ肉声で話することに新鮮味を…。
そんなちょっとしたことでも、幸せを感じる…今日この頃なのでした。
さて、午後のひととき、愛と居間でコーヒーを飲んでいたら「スタジオラボ2」の生放送が始まりました。
「スタジオラボ2」は近未来ラボ2専用のケーブルテレビ。スタッフは全員、学生時代に放送や演劇部に所属していた方々です。
「みなさん。こんにちは! 14時のニュースです。」と、いつものイケメンアナウンサー …
「さて世間を騒がせている盗撮事件に関する速報からです。
新生調査チーム「アイスリー」のおとり調査で、盗撮は小鳥のアンドロイドによるものと確認されました。」
「アイスリー」とは貴公子が考えたチーム名です。「アイが3つある」…
岡村愛の「愛」と、山口くんの眼力「眼 eye(アイ)」、そして私の(I 貴公子の自称)の三つの「アイ」」というわけです。
チーム名がないとニュースで紹介しにくいとのことで…急きょ考えたとか…。
さらにニュースは続きます。
「捕獲した小鳥型(盗撮)アンドロイドを解析した結果、驚くべき事実が判明しました。そこで、スタジオに総括責任者のDr.木村と解析担当の桜ヶ丘チーフにきていただいています。解説も含めてよろしくお願いします。」…っとまぁ、こんな感じで番組は進行していったのです。
番組終了後、僕たちはDr.木村宅の応接室にいきました。
貴公子が迎えに来たのです。総括責任者のDr.木村は表向きは気難しそうに見えますが、
…僕たちの姿をみるやいなや「昨日の名演技はアカデミー賞クラスだった!」と…つまりはお手柄だったと賞賛するのでした。
僕はおもわず、そのときの画像が残っているの?と桜ヶ丘さんに確認したほどです。「ドキッとしました。」
もちろんそんなものはありません…が、盗撮アンドロイドをしらばく引きつけていたのだから名演技にちがいないと…。
TVに出演しての感想など少し雑談したあと、Dr.木村は真顔になり次のようなことを話しました。
番組では全てを話してはいない…とういうより、ほんのさわりの部分にとどめた…と。
それは「小鳥アンドロイド」と「アンドロイド純」との基本構造(作り)がよく似ていることから、
先日の美術館事件(第4章)と同一犯の可能性が高いということです。
放送で説明したのはこのあたりまで。でも、実はDr.木村はさらに確信していたことがあるのでした。
アンドロイドの作りが極めて緻密精巧、かつ独創的な設計…
しかも盗撮アンドロイドでは、さらに新たなシステムが加わっていた…進化していたのでした。
これを作れる人物は、この世界に…たった一人しないない。
そう、以前ラボ1(ラボ2の前身)に勤務していた「柳生みどりさん」に間違いないと…。
ところが柳生さんは5年前、忽然と姿を消してしまい失踪事件に指定されたが、今も行方不明のままというのです。
彼女の身の安全も考慮して…番組ではこの点にも触れなかったと…。
続いて桜ヶ丘さんが話をはじめました。
「私は柳生みどりさんとアンドロイドの研究をしていたのでした。
みどりさんが図面を引いて、私が試作品を作る…周囲からは名コンビとも言われていたほどでした。
手先の器用さはみどりさんも相当な腕前だが…わたしのほうが上手だとみどりさんはいってくれました。
私は彼女の設計の癖をよく知っています。盗聴アンドロイドは間違いなくみどりさんの設計です。」
そのとき愛が口を挟んだ。
「桜ヶ丘さ~ん。みどりさんとは婚約なさっていたのでしょう? うふっ…」
「ど、どうしてわかりました?」
「だって、当時、みどりさんの右薬指に指輪が…桜ヶ丘さんからのプレゼントだって教えていただいたわ…。
みどりさん、とても嬉しそうでしたもの。愛は高校生でしたから…結婚に憧れていた年頃、とても関心がありましたわ…
そのあと桜岡さんは素敵な腕時計をつけていらっしゃいましたわねぇ。あれはみどりさんからのプレゼントでしょ?」
「…そのとおりだよ。岡村さん!」桜ヶ丘さんはちょっと照れていた。
「女の勘とは、恐ろしい!」僕は心の中でふと思った。
「まったくだよ。山口くん! 浮気はバレますよ~」と大きな声で貴公子にからかわれた。
「おにいさま。健はそんなことしませんわ!」…ここで僕は話を少しそらせた。
「桜ヶ丘さん、その腕時計は?」と僕。
「いままで使わず大事にしまっていたんだ。あれはみどりさん設計の手作り時計で、いろんな仕掛けがあるらしく…
使い方は少しずつ教えてくれることになっていたのだが…直後に失踪してしまい…。」
そのとき貴公子の目が輝いた。
「桜ヶ丘さん!その時計を見せてくれませんか?」
「…あぁ、もちろんここに持ってきているよ。」
Dr.木村は、すでに腕時計を手にとって隅々まで見ていた。
「わからん。どうみても普通の腕時計だがねぇ…文字盤の中央下にはブランド名みたいなアルファベットが描いてある。
…mejicara…なんと読むのかねぇ~ めじから…明治から?…そんな歴史のある古いブランド?…柳生さんが時計屋の娘とは聞いていないのだが…」
「父上、もしかしたら、メジカラ…目力…眼力を意味しているのでは…」
「んんっ、確かに柳生さんは小さな文字を書いたり読んだりすることが得意だった。透視力も桜ヶ丘くんと付き合いだしてから…徐々に高まってきていたような気がする。まさに、会長の言う通りなのだが…」
「…そうだ、山口くんこの腕時計を透視してみてくれないかね。」
「はい、分かりました。」
僕は、時計の裏面から透視をはじめた。
0.2mm刻みで深度をあげていった。
すると、裏蓋は二重構造で、二枚板の周囲は密着していた。…この2枚を剥がすことはまずできない。
しかも、その二枚板の内側(隙間)両面にびっしりと豆粒文字が見えてきた。
これは最初から透視しないと読めないようなつくりになっていた。
片面ずつピントを合わせズームをして…ようやく一文字ずつ判読できるくらい…
「なんだ、この細かい文字は! しかもぎゅうぎゅう詰めだ!」
ちょっと一人では作業がたいへんだ。
そう思った。すると貴公子が超読心術で書きとめるという。
結局一時間ほどかかり、作業は終了した。
というのも、貴公子の文字はミミズがはったような…とても読めない上手すぎる字だ。
…貴公子本人と幼なじみの愛しか読めないという。
そこで、愛はミミズ文字を判読してPCに打ち始めた。
それを直ちにプリントアウト。できたところからDr.木村と桜ヶ丘さんは目を通し始めた。
【隆さん。この豆文字を判読しているということは、眼力の優れた方が仲間に加わったということですね。】
(こんな書き出しだった)
「凄い~山口くん見事だよ。」桜ヶ丘さんの目には涙が浮かんだ。
「ふむふむ、そうだったのか…みどりさん。僕は何も知らなかった。これから助けに行くからね…」。(涙もろい桜ヶ丘さんであった)
僕が透視をして貴公子そして愛へとリレーで読み取った文章は、腕時計の機能の説明はもちろんのこと、柳生みどりさんの失踪した謎が読み取れる内容だったのでした。
ここでTV番組で話さなかった情報について触れておきます。
桜ヶ丘さんは今朝になって、美術館で捕獲したアンドロイド純をもう一度調べたのでした。
まだ調べていないのは…胸当ての下に着けていた(乳首に見たてていた)レーズンだけ。そこでそのレーズンを顕微鏡で拡大してみたのです。
…すると驚いたことにレーズンの溝にドットで豆文字が刻まれていたのです。
肉眼では、まずわかりません。「SOS MIDORI」と。。。。
「みどりさんは生きているんだ!」
桜ヶ丘さんは涙が止まりませんでした。希望の光が見えてきましたと…。
それで腕時計を取り出したのでした。
さて話を戻します。
判読した全文章を、ほぼ読み終えて…Dr.木村はたいそう満足げでした。
「ここまで、情報が揃えば…作戦は立てられます」…が、、、続けて…Dr.木村はこう言いました。
「こんなときこそ、柔軟な発想が必要なのです。熟成させなければいけない。しばし頭脳をリラックスさせましょう!」
「(一刻も早く助けにいきたい)桜ヶ丘くんの気持ちもわかりますが…まずはブレインスストーミングを…
夕食会で、救出作戦のアイディアを…皆に出してほしいのです。
でも、けっして他の人のアイディア、考えを否定してはだめですよ。夢物語でも非現実的でもよいから、どんどん出してほしいのです…。
それを…私があとでじっくりと、とりまとめますので。」
かたい話はここで終わりました。
夕食会には愛のパパも…そしてもちろん岡村会長も加わり…アルコールも入り、その夜はおおいに盛り上がったのでした。
「ひょひょひょ…」
「おじいさま!」
第7章 ニューアイテム
翌朝、僕たちはミーティングルームにいた。僕はちょっと二日酔いだった。
もちろん集まったのは昨夜のメンバーでブレインストーミングの続き…と思っていたのですが…
まずは、桜ヶ丘さんが昨夜の夢のような不思議な出来事をちょっと興奮ぎみに話してくれました。
「昨日はだいぶ飲んでいたので、帰ってすぐにソファーに横になってそのまま眠ってしまった。
みどりさんからの腕時計はつけたままだった。
真夜中…ふと目が覚めると腕時計の文字盤が青白く輝いていた。
針は午前3時を指していた。そのとき信じられないことが起きたんです。
文字盤の青白い光が…まるで生き物のように時計から離れて天井のほうへ上がっていったのです。
しかもその小さな光の玉に引っ張られるかのように…すうっと、私の意識(魂?)が肉体を離れたのでした。
なにせ、ソファーで寝ている私の身体を、上から眺めているのですから…。
そして、次の瞬間、見たこともない洞窟の前を浮遊していたのです。私の身体は半透明、まるで幽霊みたい。
それから青白い光の玉の後を追うように洞窟の中を…奥まで進んだのでした。
すると奥は行きどまりで、そこには扉がありました。
扉の暗証番号は「4649(ヨロシク)」となぜが心に浮かびましたが、開けなくても通り抜けて中に入りました。
扉の向こう側は廊下のような通路がありその先にドーム状の空間がありました。
そこに、なんと…白衣姿のみどりさんが立っているではありませんか!
「隆さん、お待ちしていました。お懐かしゅうございます。ここはわたしの夢の中です。」
「腕時計をつけてお休みになったのですね。わたしは、ここ脳内研究室に捕われています。
わたしそっくりのアンドロイドが2体います。監視されています。…気をつけてください。。あぁ、見つかってしまいます。隠れて!」
…(隠れようと思った瞬間)私は自分の部屋に戻っていました。天井ちかくから眼下の自分を眺めていました。
しばらく揺らめいていましたが、青白い光が時計の中に入っていくと…
天井にいた私の魂も身体に戻って…そのあと深い眠りについたのでした。」
あまりにも不思議な桜ヶ丘さんの話に…しばらくは沈黙が続きました。
ようやく、岡村会長が口を開きました。
「桜ヶ丘くんの秘めた能力が開花したのじゃろう。」
「いや、私は、皆さんのような力はないと思っていました。」
「じゃが、今まで意識しておらんかっただけかもしれんぞ。夢(夢世界)とは『意識&無意識を繋ぐ時空をこえた世界』じゃ。
「気」は両方を行き来できるでな、すなわち、自分の気を自由にコントロールできれば、他人の夢の中にも入り込めるのわけなのじゃ。
いにしえの人たちは恋する人が夢に出てこないと、やきもきしたそうじゃてなぁ。
それはともかく、あの腕時計は桜ヶ丘くんの「内気(ないき)」を電気エネルギーに変換して動いておる。
つまり、あの腕時計は「気」を集めることができるのじゃ。
もちろん、無意識で「外気(がいき)」を「内気(ないき)」に変換しておるから、桜ヶ丘くんの「気」が枯渇することはないがのう。」
岡村会長の説明によれば、現実と夢の世界を気で自在に行き来できるのは超気功術の能力をもっている証拠であり、
しかも腕時計には指輪の居場所がわかるように、みどりさんが細工しているので、腕時計に集まった「気」は、みどりさんの夢世界にも容易に入り込めたというのであった。
「当然、桜ヶ丘くんの…みどりさんに会いたいという「「気(持ち)」が…それを後押しさせたのじゃがな」と会長はさらに付け加えた。
ここで貴公子が質問した。「…と、いうことは、桜ヶ丘さんは…私の夢の中にもはいってこれるのですか?」
「おそらくできるじゃろう。ただし、木村くんが寝ているときに限るがなぁ…もしくは催眠状態かのぅ…」
「私の夢の中に、桜ヶ丘さんがみどりさんを連れて入って来れれば、救出事前の打ち合わせもできるということですね。」
「まぁ、そうなるのぅ」
ここで、Dr.木村がようやく話し始めた。
「ダミーが2体あるというような情報は、みどりさんでなくてはわからない。」
「脳内研究室とはどういう意味かも、夢を通じて桜ヶ丘くんから聞いてもらうしかない…が、そこに誠(貴公子)が夢に同席できたら、
超読心術でみどりさん思っていることが誠に瞬時に伝わるわけだな…」と頷いた。
そしてDr.は今度は桜ヶ丘さんに話しかけた、
「桜ヶ丘チーフ。話は変わるが、昨日の豆文字で判読できない箇所があったのだが…。コンピューター解読でも…」
桜ヶ丘さんは、ちょっと微笑んだ。
「腕時計に書かれていた豆文字で…肝心な部分は…みどりと私しか解読できない暗号で書かれていたのです。」
それから桜ヶ丘さんは暗号の解読箇所を、みんなに読んで聞かせてくれた。こんな内容でした。
「学生時分の後輩で…ニックネームが「良夫(よしお)ちゃん」という(みどりさんが)弟みたいで、かわいいと言っていた彼が…
先日、交通事故にあった。と…父から知らせを受けた。
生死をさまよっている息子にあってほしいという…でも、信じられなかった。
なぜか胸騒ぎがする。…そこで、(自分でも忘れないようにと)腕時計に取説を豆文字で書く…ついでに、そのことを記しておきます。
良夫くんの父(義父)は息子とわたしを結婚させたがっていました。わたしはそんな風には彼を見ていなかったので、断っていたのでした。
ですから彼の義父から「追って連絡をする」と言われても…最初は迷いました。
でも、決心したのでした。
桜ヶ丘さんという方と婚約をしたことを、この際はっきりとお会いしてお伝えしたほうがよいと…
もしも…みどりの身に何かありましたら、良夫さんの義父をまず疑ってください。
…闇財界の黒幕ともいわれている権力者です。本名は存じませんが、周囲からは「間時(まじ)先生」呼ばれています。」
「なるほど、そうでしたか」…珍しく(愛のパパこと)岡村博士が口を開いた。
「どうでしょう…Dr.木村。…あの、例のニューアイテムを試してみるのは…。」
「あの、スーパーメタマテリアルを特殊加工した…「透明マント」ですね。」
「そうです。これです。これが現物です!」といって、岡村博士は両手に乗せて見せたのですが…
(僕以外の方には)透明マントと(マントに隠された)博士の手と腕は…まったく見えないようでした。。…さすがに全員驚きました。
さて、いよいよですね。…僕は期待しました。
でも、それから数日は…貴公子は居眠りばかり。夢ばかり。
もちろん、桜ヶ丘さんも…とおもいきや。
桜ヶ丘さんは「起きたままでも相手の夢の中に入り込める」のだそうです。
頭の中をパーテーションで区切るとか…僕には理解不能です。
次第に、みどりさんからの夢情報も集まりました。
こうして、一週間が経過して、Dr.木村の青写真はできあがりました。
第8章 救出
Dr.木村は必要な情報のみを伝える。
明日は朝5時から早朝ミーティングで…そのあと、僕と愛は、先に電車で現地へ向かう。
…詳しいことは後ほど。。と、こんな調子だ。しかし現地とは一体どこだろう。
夕食後、愛と明日に着ていく服を相談して、少し早めにふとんに入った。
しかし、現地とは…何処に行くのか気になってなかなか寝付けません。
とはいえ、まぁ…いつの間にか爆睡していたようです。
午前4時半、目覚まし時計に起され、愛が目覚めのコーヒーが入ったと呼びにきました。
「おじさまは、何を考えていらっしゃるのかしら…こんな朝早くに…」。
5時少し前、僕がミーティングルームのドアを開けたとたん、後ろから愛の叫び声…
「みどりさん、みどりさんですわ!」何というサプライズだ。
ビニール傘の落書きなど足元にも及ばない。Dr.木村はニンマリとした。
救出から戻ってきたばかりという貴公子が、ちょっと気取って説明してくれた。
「2時間ほど前に救出ミッションは遂行された。Dr.木村は洞窟上空でUSOを待機。
みどりさんは二日ほど前から風邪で寝込んいた。もちろん仮病さ。
みどりさんの生活空間は浴室洗面所を除くとすべて24時間監視カメラが作動している。
さらに脳内研究室及びその周辺は警備システムが作動している。
ただし、月に一度の機器メンテナンスで今朝の午前3時から30分間は警備システムは停止する。
この間は警備員の見張りだけになる。救出の絶好のチャンス。
もちろん、みどりさんそっくりのダミーアンドロイドもいた…
とはいえ、桜ヶ丘さんの腕時計は正確にみどりさんまで導いてくれたし、私の超読心術でも確認できた。
桜ヶ丘さんと私は透明マントで身を隠し、洗面所で待っていたみどりさんにマントをかけて、
そして代わりに百面相のアンドロイド純をマントから取り出して作動させた。
いっとき身代わりになってもらうのさ。もちろん、みどりさんんそっくりに変身してね。
純は直ぐにベッドに向かってふとんに入った。
そのあと3人は素早く洞窟の外に出た。
そしてひとまわり大きな貴公子のビニール傘に3人が入り、USO船内に瞬時に移動した。。。というわけさ。」
淡々と…話し終えたが、いつもの高笑いが始まった。
どうも貴公子は嬉しいときに声を出して笑うと、嬉しい気持ちも倍増すると信じているようなのです。
そのあと、みどりさん本人から犯人について知っていることを直接聞くことができました。
要点はこんな感じです。
間時良夫(よしおちゃん)は確かに交通事故にあっていた。
でも、事故は半年ほど前だった。
なんとか一命はとりとめたものの、手足も自由に動かない寝たきり状態でした。
当時よしおくんは医学生、専門は脳科学で研究テーマは「脳チップ」を組んで頭脳をコンピューターで再現すること。
プログラムでパターン化した従来の学習脳ではなく、ニューロンのような「脳チップ」の電子結合により記憶回路をつくり、
それを高度に構築することで、(コンピューター自身で考える)脳をつくる研究です。
すでに昆虫脳は実用化されていますが、それは脳チップがさほど多くなくてもできるからで、
これを人に応用となると技術的面での課題に加え、倫理的な問題も生じてきます。
研究に批判的な学者も少なくなかった当時、間時良夫の父の進氏はすでに闇財界の権力者でしたから、
その人力、財力を集め良夫のために地下研究室を作ってあげたのでした。
良夫はこの研究室を気に入り「脳内研究室」と呼んで、密かに脳チップの研究を進めた。
「脳も人工臓器で代用が可能な時代がくる」…と。
間時良夫は「脳の機能を解明するための一助の研究」と、これを正当な研究として…初めは位置付けていた。
しかしながら、交通事故にあってから良夫の考えは変わってしまった。
自分が実験大になり、脳内研究室のコンピューターで(神経細胞に相当する)脳チップを構築して自分の頭脳(記憶や機能)をコンピューターで再現して、自分の意思で、アンドロイド化した肉体を動かしたいと…。
そのためには、いずれ自分の脳を培養液に入れ、そこから出す電気信号をコンピューター脳へ送る必要がある。
しかし、(脳を取り出す)その代償として人間としての外観を失うことになる。
寝たきりで手足も動かず点滴で生きている良夫にとってもこれは辛い選択だった…と。
良夫はそんな気持ちを、眼球の動きを察知して文字入力できるパソコンで柳生みどりに伝えたという。
そして、研究がうまくいったら、いずれ、みどりさんを近未来ラボに返してくれることを約束した。
すでにここ(脳内研究室)にいることは、父から近未来ラボに連絡したと…(結局は嘘だったわけですけど)。
身の安全を確保してくれることとを条件に研究に協力することにした。
そして、まず間時良夫のアンドロイドを作った。
研究材料はすぐに揃えてくれた。
さらに私のアンドロイドを作った。当初は私の世話役ということでした。しかし、私の監視も兼ねていたのです。
間時良夫は寝たきりですから、私に指示をだすのは父の間時進氏の方です。
実質、私は研究室内での監禁生活となりました。しかも、研究室内でも私が出入りできるのはごく一部に限られていたのです。
ところが、3年ほど前のある日、いままでの研究成果をみせたいと、間時進氏にその時だけは、一番奥の研究室に通されました。
なんと、そこには人間の脳が培養液に浸されていました。
マイクロバブルの酸素とブドウ糖液に満たされたガラス容器には、良夫さんの脳に、いくつもの電極が付けられていました。
それがコンピューターと接続されていて…私の設計した良夫さんのアンドロイドが…
コンピューター脳の指令で…まるで生きているように、人間とおなじように動くのでした。
本当に衝撃的でした。
こんな、恐ろしい研究に協力した自分を責めました。自分の弱さを悔やみました。
ですが、どうしようもありませんでした。
果たして間時良夫さんは生きているといっていいのでしょうか。
彼には、もはや肉体はありません。培養脳だけの存在です。
しばらくはテスト期間といっていましたが、今はどうなっているのか、私にはわかりません。
もしかすると、すでに培養脳の情報をすべて脳チップ内に移行し終えているとしたら…
もう間時良夫という人間はこの世には実在しないのでしょうか、コンピューター脳の中にいるのでしょうか。
この時を境に、私は「早く助け出してほしい」と強く願うようなりました。
ですから、アンドロイドの純ちゃんが運ばれてきた時は、本当にチャンスだと思いました。
なんとかして隆さんにSOSメッセージを送りたいと…
そして、こうして願いが叶い…さきほど無事に救出していただきました。
本当にみなさんありがとうございました。
女性の人は本当に強いんだなぁ…と僕は感じました。
自分だったら…5年も信じて待ち続けることができるだろうか。
みどりさんの話がおわると、Dr.木村はこう付け加えた。
「これから、現地に向かいます。みどりさんと桜ヶ丘くんはお留守番です。」
そして、Dr.木村は、僕と愛に行き先を伝えました。
そこは山岳地帯のふもとの温泉村で、間時進が経営している温泉旅館「新黒屋(しんこくや)」です。
ここの敷地内の洞窟内に脳内研究室はあります。アンドロイド純ちゃんも待っています。
時計の針はちょうど6時を指すところでした。
第9章 温泉旅館「新黒屋」
「昔は「深刻や~」。今は「新黒屋~」。元気になりたきゃ「新黒屋においで」」…これは今、はやりのコマーシャルソングです。
僕は電車の中で、この陽気な歌をときどき口ずさんでいた。
USOを使ったら旅の感じはでないから、電車で行くようにといわれて納得です。
僕と愛は電車(JRe線)を乗継ぎ、鬼槍ケ峰(おにやりがみね)駅に向っていた。思えば遠くへ来たものです。
間時良夫が支配人という「新黒屋(しんこくや)」は、いまや若者にも人気の温泉スポット。
オーナーの間時進氏は「鬼槍が峰」集落の一助になればと、貧しい村人たちを雇い、その生活を支えているとの美談もある。
進氏の「村おこし美談」はマスコミで話題になり、「新黒屋」は一躍有名になった。
しかしながら、これは表向きの顔らしい。
警察庁からの情報では、低賃金で村人たちをこき使っているというのだ。
「犯罪すれすれ」…これが知能犯、間時進の信条というのです。警察は間時進をブラックリストに載せ、絶えずマークしている。
しかし、いつも物的証拠を残さない。しかも警察側の情報がキャッチされてしまい、現場に駆けつけたときには、もぬけの殻というパターンが続いているのです。
今回は近未来ラボ2の調査協力もあるので、本庁から腕ききの丸山刑事と優秀な私服警察官(数名)が、同じ車両に乗り合わせていた。
もちろん、気づかれないように他人のふりをしています。
僕たちは、調査に関することはすべてホットラインで会話していた。
『おじさまのからの指示を、その都度お伝えしますわね…。
まずは新黒屋に着いたら間時良夫が本当にアンドロイドなのかを確認すること。それから、滅多に人前に現れない間時進氏の居場所を突き止めること。おそらく、建物のどこかにいるはずだって、おじさまは推察しているわ。経営に関する助言を良夫にマンツーマンで教えているはずだ…というの。』
『それと…調査の目処がついたら、あとは温泉にでも浸かって旅を満喫するように…「サプライズ付き」ですって。…この「サプライズ」の意味はあとでわかるそうよ。。なんでも先の「おとり調査」のご褒美ですって!』
『その…お心遣いはありがたいけど…純を連れて帰るわけだし、そう、のんびりもできなんじゃないの?』
『ふふっ、それは大丈夫よ…その件は、あとでお話すわね!』
しかしまぁ、僕らは昼間の大半を電車の中で過ごしています。さすがに、お尻がいたいです。
新幹線と違ってローカル線は座席のクッションがイマイチなのです。とは言え、これも旅なのですね。
まぁ、お昼は愛の手作りサンドイッチ…これ、なかなかでしたよ。電車の中では特に美味しく感じます。
で、ちょっとしたら…「そろそろおやつの時間ですわ~」っと…
今度は婆や特製のチョコチップクッキー&ポットからホットコーヒーを注いでくれます。
まさに愛は旅を率先して楽しんでいます。
しかしまぁ、食べることにはよく気がつきますね。
これは女性特有の感性でしょうか。。。感心です。僕はかなり疎いですね。
そうこうしているうちに車窓の風景は、まさに山岳地帯に激変です。
岩場と森林の間を駆け抜けていく感じです。次第に減速して電車はしばらくぶりに駅に停車しました。
次は終着の鬼槍ケ峰駅ですが、ここで丸山刑事あと仲間二人が下車しました。
丸山刑事は若干メタボ気味に見えますが、休日はラグビーで鍛えているとのことです。
任務ですから登山道から行くのでしょう。
ここ登山口駅から歩いて1時間半くらいで(一山越えて)新黒屋に行くルートもあり、人気です。
若者のグループ8人もここで降りました。
発車間際に、ひとり見覚えのある男性が乗って来ました。しかし誰も気づきません。
それは僕にしか見えないからです。そうです。貴公子です。
透明マントの生地で仕立てたスポーツウエアとスキー帽を少し深くかぶり、ゴーグルを装着しています。
座席には座らず、ドア付近で僕に手を振りました。
これでアイスリーのメンバーは揃いました。
ホットラインで貴公子の到着を愛に告げと、『ほんとに予定どおりですわぁ~』
『おにいさまは、私たちの警護もしてくれるそうよ。それと、純を救出するのはおにいさまのお仕事ですのよ。だから健と愛は温泉でゆったりできますわ。ふふっ!』(愛は相当に温泉が好きのようです。なんでも美容によいとか…)
そうこうしているうちに電車は終着駅に着きました。
もう陽は傾いています。無人改札口を出ると、旅館からの無料送迎のマイクロバスが待っていました。
駅前といっても何もない。目の前がすぐに森林で民家が疎らにある程度です。
平日ですが、それでも10人くらいのお客さんがバスに乗り込みました。
「週末は満員になるじゃて、、温泉通は平日にするのよ」と、前の席の老夫人が話しかけてきました。
どうも常連客らしい。露天風呂は混浴だともいう。
「ウチのエロ爺さまは、若さの秘訣は女体を拝むことだとか、わけのわからんことを言いよるねん」と、笑って言った。
「男の人って、いくつになってもエッチなんですわねぇ。」
「それがなくなったら、病気じゃがなぁ~。彼氏もそう思うじゃろう?」とエロ爺。
「もちろんですとも。」僕は大真面目に、自信たっぷりに答えた。
(うけた!)一同は大笑い。
透明貴公子は必死にこらえていた。ご夫妻は斎藤さんとおっしゃいました。
斎藤ご夫妻とは意気投合。一緒に夕食をとる約束もしました。
エロ爺からは混浴に誘われました。愛の反応は…もち、曖昧模糊(あいまいもこ)でしたね。ファジーです。
さて、バスは10分くらいで温泉旅館「新黒屋」に到着。
本館は、昔ながらの古風な木造づくり。
太い丸木をそのまま柱に…素朴さの中に風格というか落ち着きがあります。
お値段は本館の方がかなり上、料理も断然上で優雅なハレを演出。
これに対して新館は、まさに今風。
まぁ、学生さんや団体さんはリーゾナブルで温泉気分を味わえる新館がオススメ。。
そんな棲みわけが繁盛している理由かもしれません。
バスを降りて、僕と愛…そして斎藤ご夫妻とご一緒に本館へ向った。
本館入口では、昔風にいえば女中さんが和服姿で出迎えてくれた。本館は上客扱いだ。
僕たちの部屋は二階の角部屋で、りっぱな和室だった。僕たちの隣室は斎藤ご夫妻だった。
女中さんは、部屋の案内(説明)をして退出。。やれやれ僕は長旅で疲れました。
ちょっとくつろごうかと思っていたら…
目の前の透明貴公子が、ポケットから透明マントを出し、
手品のようにマジックペンとスケッチブックをマントの中に隠したかと思ったら、
すらすらと文字を書き始めた。貴公子にしては丁寧に書いてくれたので…僕でもなんとか読めます。
まあ、スケッチブックの文字は僕にしか見えないわけですけどね。
それを読んでホットラインで愛に伝えた。
こんな感じです。
『新黒屋内での会話は全て盗聴されている。監視カメラも動いている。電話などの通信もすべて傍受されてしまう。
くれぐれも会話はホットラインで…。
それと怪しまれないように、温泉気分を満喫しながら調査にあたってほしいと…これはDr.からの伝言。。。
私はこれから館内を見て回るが、18時から始まる一階鳳凰(ほうおう)の間での夕食会には戻ってくる。
洞窟以外に脳内研究室に行く通路があるか調べる必要もあるんでね。…
夕食会は本館のお客様のみの招待で、間時良夫支配人のご挨拶もある。
良夫は人間かアンドロイドか…さて、楽しみだね。』
(透明貴公子は、スケッチブックをどこかにしまって、さっさと出て行ってしまった。気を利かせたのだろう。)
少しして…「健、ねぇ~浴衣に着替えて、お風呂にいきませんこと? ふふっ…」(甘~い天使のようなささやき)
こうして、二人はまるで新婚さんのように、寄り添って離れにある露天風呂に…
ではなく、ふたりだけの家族風呂(プライベート露天)に案内されたのでした。
Dr.木村が予約しておいてくれたのでした。
これが、サプライズ。ご褒美だったわけです。ほんわか気分で最高でした。のぼせそう!!
さて、もうすぐ夕食会。はたして間時良夫の正体は!!
第10章 新黒屋の支配人
鳳凰の間には、6人掛けの円卓が5つ、ちょうどサイコロの目のようにセッティングされていた。
その真ん中の…つまりは(上から見て)一の目にあたるテーブルに僕と愛は案内された。
僕の右隣は(送迎バスで知り合った)斎藤夫妻のご主人でした。
すると、夫人は愛の左隣に席を移して、夫妻で僕たちを囲むようにして椅子に腰掛けました。
僕は鹿鳴館時代を思わせるようなこの空間が気に入りました。
少し首を左に向けて正面のステージの方へ、目をやりました。
まぁ、ステージといっても、床から40~50cmくらい高くした板張りのスペースで手前に赤幕が張られていました。
幕があるので奥行きはどのくらいか分かりませんが、おそらく踊りなどを披露できるくらいの広さはあるのでしょう。
斎藤さんのご主人はむっつりなのか、話しかけてはきませんでしたが、斎藤夫人は早速、愛とあれこれとおしゃべりを始めていました。
(同じテーブルの)残りの2つの席には熟年夫婦風のカップルが少し遅れて掛けました。
実は(同じ列車に乗り合わせていた…)私服警官なのです。
着席するやいなや自己紹介を始め、すぐに斎藤夫人や愛との会話に加わりました。
「吉田さんはここは初めてでしゃろ? いいこと教えたろうなぁ~。ええかぁ。なんでもかんでも美味しいからというて、前菜は食べ過ぎないことじぁなぁ~。後から、だんだん美味しいものが出て来るのや。最後の最後に出てくるデザートは…格別での~」。
「どんなデザートですか?」
「毎回違うんでなぁ~。それがまた楽しみじぁてのう…」
「太ってしまいそうですわ」と、こんな感じで盛り上がっていました。
やがて、お待ちかね。定刻の18時になりました。。
正面ステージ下の左側(会場奥の端)には、金屏風(きんびょうぶ)が立て掛けてありました。
その屏風の前に、自ら「司会進行役の富田です」と名乗る男性がスタンドマイクでアナウンス。
「みなさま、新黒屋にようこそ!そして誠にありがとうございます。これより夕食会を始めさせていただきます。
至らぬところも多々ございましょうが、精いっぱいのおもてなしを心掛けますので、どうかご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。」
「それでは、まず最初に新黒屋支配人、間時良夫から、ご挨拶をさせていただきます。」
すると、司会者の後ろの金屏風の陰から支配人が現れ、ハンドマイクを受け取り。ステージ中央に立ち、そして深々と一礼し、拍手が鳴り止むのを待って、正面を見据えて話を始めたのでした。
いよいよです。僕は眼力を高め、間時良夫を透視しました。
『んん~、間違いない! 間時良夫は…アンドロイドだ! 』
『本当ですの? …ここからでは機械音は聞こえませんわ!』
『でもね。愛! 絶対に人間ではないんだ。だって乳首がない。しかも、あそこも…ない。つるんこお股だ! 』
『…声は…肉声よ。あらかじめ録音されたものでも合成音声でもないわ。声紋もしっかりと…』
『それだけ完成度が高いんだよ。ホント驚きだね。こんなのが目の前にいるんだよ』僕はちょっと興奮した。
しかもアンドロイド良夫のスピーチの内容にもちょっと感動してしまった。
ふと、斎藤さんたちに目をやると、じっと話を聞き入っていたが…いくぶん瞳が潤んでいた。
『感無量って感じだね。どうしてだろう?』
『あとで、それとなく聞いてみるわね。』
アンドロイド支配人は挨拶を終えると、(最初にいた)金屏風の後ろに待機した。
屏風の陰が控え室がわりのようです。
次は、いよいよ乾杯のセレモニーです。
再び司会進行係のアナウンス。
「今宵の夕食会にお越しの皆様は、大変ラッキーな方たちなので~す。おめでとうございます。」
「今日で、新黒屋がリニューアルオープンしてからちょうど10周年。その記念すべき日に当たります。
お料理もまさにスペシャル。特別メニューです。」
「そして、これからが…まさにサプライズ!」
「なんと、乾杯のご発声は…テレビコマーシャルで有名になった新黒屋オーナーなのです!」
「そうで~す。あの間時進オーナーです。
のちほど、お食事の時に各テーブルをまわり皆様と握手を交わします。サインもOKですよ。
色紙をご希望のお客様は何なりと、遠慮なさらず申し出てください。
今夜は特別サービスです!」
「わぁっ~」と会場はどよめきました。
正面ステージの照明がすっと落ちて、新黒屋のCMソングがなり響き、赤幕の中央付近がスポットライトでパアッと明るくなると…
壇上の中央にはタキシード姿の間時進オーナーが立っていたのでした。
近年、滅多に人前に姿を見せない黒幕的存在の間時進氏が、壇上から深々と頭を下げました。
愛の耳には「今日こそ逃がさないわよ」…とつぶやいた吉田婦警の声が…。まさに、メラメラと。。。燃えています。
「オーナー。乾杯の前に…一言お願いします。」
司会進行役の富田さんがハンドマイクをもってオーナーに近づき、ちょっと躊躇したようでしたが、、、
思い切って「10周年おめでとうございます!」と声をかけると、オーナーはにっこりと微笑み、富田さんに手を差し出したのでした。
想定外だったのか…恐るおそる握手を交わした富田さん…従業員にとって雲の上のような方との握手。
嬉しさのあまり「あ~りが~とう ござ~いま~す」と変なアクセントで叫んでしまった。
「しまった!」(富田さん赤面)
それがあまりにもすっとんきょうな声だったので会場は爆笑の渦。
…おさまるのをまってから、あらためて、間時進は、丁寧におじきをしました。
一瞬で、空気が変わりました。
ピーンと緊張が走りました。物音一つありません。
それから、温和な、そしてゆっくりと話し出しました。
創業当時の…まさに「深刻や」時代のエピソードを織り交ぜながら、ユーモアたっぷりの見事なスピーチを披露したのでした。
まさに10年を振り返りました。
やはり支配人(息子)とは格が違いましたね。僕はホットラインで愛につぶやいた。
『愛…間時進は正真正銘の人間だよ。ちゃんとあるものはある!』
『まったく健ったら、ホントHなんだから。そんなこと当たり前でしょ。』
『だれも言っていないわよ。。ま・じ・す・す・む…がアンドロイドだなんて…』
『それは、そうだけど・・・・・・』
『でも、一つひとつ確認することが大事だって、Dr.木村はいつも…。』
「その通りだよ。山口くん。」耳元で透明貴公子がささやいた。(耳の良い愛にも聞こえています。)
「いや、遅れてすまん。純を連れ出すのに…透明服に着替えさせるのに…ちょっと時間がかかってしまったのさ。。」
「…女性の着替えなんて慣れていないのでね。」
(『当たりまえでしょ』…僕と愛はシラっ~と。。全く、ウケません。。。しばし沈黙・・)
いま、(透明)貴公子と(透明)純は僕たちの間にいます。もちろん純の顔はみどりさんのままです。
でもその姿は、僕と特殊ゴーグルをかけた透明貴公子以外には見えません。
貴公子は気を取り直し、さらに耳元でひそひそと…
「お手洗いに行くふりして連れ出してから、そろそろ10分経ったので、気づかれるのは時間の問題さ。」
「そこで、こちらから先手をうって仕掛けてみようと思うんだ。」
「みていてくれ!」
「偽善者、間時進の度肝を抜いてやる。これは私のアドリブだがね。くっくっく」
(一人で何かをたくらんでいる孤独な貴公子でありました。)…
間時進オーナーは、右手を軽く上げ、乾杯準備の合図を富田さんたちに送ったところでした。
すぐに和服姿の元娘さん(若い時はそうだったという意味)たちは飲み物を注いでまわりました。。
準備が整い、全員が起立してシャンパングラスを持ち、壇上の間時進オーナーの方に身体を向けました。
間時進氏は大きな声をあげて…乾杯っと…言おうとした直前のことです。
いきなり目の前に…みどりさんの顔面が現れたのです。
しかも首から上しかありません。
みどりさんの生首幽霊はニヤッと微笑んで、ゆらゆらと宙をさまよっています。
「かっ! 乾……で、でたぁ!」
すると、すっ~と消えてしまいました。
オーナーは、あたりをキョロキョロしてから目をこすり、深呼吸してから気を取り直して…
今度こそと、、「かん…」 また幽霊が目の前に。。。(小声で)「…ひゃ~い」
なんと、今度は睨みつけています。
しかも「うらめしや~」と囁いたのです。
「あぉ~」恐怖のあまり、グラスを手に持ったまま、マジ固まってしまいました。
お客様側からは、つまりは純のうしろ姿は見えませんので、ただただオーナーが一人芝居をしているようにしか見えません。
間時オーナーの一人芝居が始まった。。これも、サービス旺盛な演出であろうと。。
でも、異変に気付いた支配人の良夫は、さっとオーナーに近づき、お客様に向かってこう言いました。
「父は、緊張時 極度 高所恐怖症」という難病なのです。
「ただいま、発症してフリーズ状態です。」(これも芝居がかった言い方です)
「こうゆう場合は、目の前で「パン」と一本締めをすると復旧します。
それでは、私が一本締めをしますので、皆さんグラスはそのままでご準備ください。」
「いきますよ~」「パン!」 すると間時オーナーの目が…カッと開いた。
すかさず、良夫は、オーナーのグラスに手を添えて、(オーナーの声を真似て)「乾杯!」と声高々に。
皆、これに続いて「乾杯!」となり、拍手喝采。。すぐにBGMが流れて、シャンパンの栓がポンポンとなって、いよいよお食事タイムで~す。
「しばらくご歓談ください。のちほど、オーナーがご挨拶に皆様の席にうかがいますので、よろしくお願いしま~す。」
富田さんの明るい声が響きました。
なにはともあれ、良夫支配人が機転を利かして難を逃れたのです。
無事、乾杯が済み、支配人はオーナーを支えるようにしてステージを降りて二金屏風の陰に入りました。
もちろん幽霊の正体は言うまでもありません。
透明貴公子が透明アンドロイドの純を肩車してステージ正面に近づき、
そこで純ちゃんは自ら顔にかかった透明マスクを手でめくり上げて間時進の目の前に現れただけなのです。
僕は後ろから見ていて、お尻と腰をフリフリする貴公子の姿が滑稽でした。
さぁ、テーブルの上に次々とお料理が運ばれてきます。愛のお腹がグーとなりました。
『違いますわ! おにいさまよ。』
「あそこなら(金屏風のうしろなら)、逃げ場はないね」再び貴公子が耳元で囁いた。
そして今度は僕にクチパクをして欲しいと言うのでした。『…クチパク?』
クチパク…実際は貴公子がしゃべっているのに…あたかも僕が話しているように口をパクパクして…欲しいと。
僕が返答する間もなく、(いきなり)貴公子は喋り始めました。
(しかも僕に声を似せています。。こんな特技があるとは知りませんでした。)
「斎藤さん、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが…いいですか?」(パクパク…以下略)
ご主人は頷いた。
「もしかして、間時支配人とはご親戚ではありませんか?」
「はぁ? いきなりなんじゃね。」
「だって、この写真、斎藤さんのものですよね?」僕はしっかりと写真を手につかまされていました。
「先ほどロビーで拾ったのですが、ご主人と奥様のまん中に写っているは、若かりし頃の良夫青年では?」
斎藤さんはジャケットの胸の内ポケットに手を当てて…「にゃ、にゃい!」(慌てた様子です)
「しかも斎藤さんと顔立ちがよく似ています。。。ずばり、間時良夫さんはお孫さんですね。」
斎藤夫妻は黙って、うつむいてしまった。
クチパクしている僕も驚いたが、それを表情に出すわけにもいかず、とても苦労しています。
僕は…次のセリフでさらに(飛び上がるほど)びっくりしました。
「あなたは新黒屋の創設者だった。そうですよね。斎藤兵衛さん。」
「あなた方には一人の娘さんがいました。のちの良夫さんのお母様です。」
「若くして身ごもり、無事出産はしたものの病弱で良夫さんが3歳の時亡くなってしまった。」
「父親はわからないまま。そして斎藤夫婦は(亡き娘に代わって)良夫さんを我が子のように育てた。そうですよね。」
「ところが、新黒屋は思ったほど経営がうまくいかなかった。
そんなある日、間時進という人物が現れ、経営を委ねないかと…。打診があった。」
「良夫さんを間時進氏の養子に迎える」ことを条件に…でしたよね。」
「なぜ、斎藤さん。間時進氏はあなた方に目をつけたのでしょう。」
「そのわけをご存知でしたか?」
ようやく、斎藤さんは話し出した。
「いや、知らんのぅ、ただ良夫がとても成績優秀な子じゃったから…」
「違います。間時進氏は、良夫さんの実の父親だからなのです。」
「・・・・」
「まさかぁ…それは本当きゃね。。。ところで、あんたらはいったい……」
「あぁ、心配ご無用です。。僕たちは怪しいものではありません。」
「斎藤さんは…間時進氏が誘拐犯の疑惑で警察から追われていることはご存知でしたか?」
「いや、初耳じゃが…ほんとかのぅ?」
「僕たちは警察からの調査依頼でここにきているのです。」「向かいの席の吉田さんたちは警察の方です。」
吉田さんたちは警察手帳をちらっと見せた。
「そうでやしたか。。じゃが進氏が誘拐犯ちゅうのは… 信じがたいのぅ~。」
「テーブルに回ってきたら本人から直接話を聞いてみましょう。」と吉田婦警がメラメラと…答えました。
ちょっと間があって、斎藤夫人は、しょんぼりして、こう言いました。
「間時さんのことを、世間では悪く言う輩が多いがのぅ~。じゃが根っからの悪人ではなかったのう あんた」
「そうじゃ、確かにいたずらは過ぎるが、正義感は強かったとよ。とても誘拐をするようなお方では…」
ようやく斎藤夫婦は警戒心を解いてくれたようだった。
その頃、間時進オーナはステージ側のテーブルから握手まわりを始めていた。
一人ずつ丁寧に握手したりサインしたりと、こちらまで来るには時間がかかりそうです。
「間時良夫支配人は新館での挨拶のため、少し席を外します。」と…富田さんからのアナウンスが聞こえました。
なにせ僕はずっとクチパクばかりで、視線の先は斎藤さん…ご馳走ではありません。これでは食べ損なってしまいます。
そこで貴公子に、10分間の「おしゃべり中断」を宣言して、愛と食事タイムを楽しみました。「本当に美味しいですわ!」
斎藤夫婦は、間時進氏が誘拐犯と聞いてから、とても困惑した様子です。ほとんどお料理には手をつけていません。
恩人とも言える間時進さんの話がショックなのでしょう。
「そんなはずにゃい。」「ありえねぇこっじゃ。」と首をひねっています。
吉田さんたちは「間時進の身柄確保」の金星はもらったも同然と、にんまりとしていました。
早くテーブルで握手を…「「握ったその手を離さない」…その手を使おう」と、そんな様子の婦警でした。
(真剣に何度も握りしめる練習をしていました。)
(僕が食事中なので)貴公子はクチパクできません。
超読心術で、ひどく困惑している斎藤さんの心の中を覗いてみた様子です。
そして…びっくり!
すぐに、僕の耳元で、(珍しく)慌てながら、小声でこう叫びました。
「山口くん。間時オーナーを…もう一度、透視してみてくれ!」
「ア、アッ、アンドロイドだ!」僕は、思わず声に出してしまった。
「どういうこと?」吉田婦警が反応した。
「しまった! アンドロイド良夫は純と同じ百面相だったんだ…」
「さっき新館に行くと退席したのが、本物の間時進氏だ! 金屏風の裏で支配人に変装したんだ!」
(…と貴公子。。。僕のクチパクです)
吉田夫妻は、血相を変えて、即、会場から出て行ってしまった。
登山口駅から歩いてこちらに向かっている丸山刑事に連絡。他の署員も総動員です。
まだ、それほど遠くへは行っていないはずです。
新黒屋建物及びその周辺は間もなく警察の包囲網が張られました。
それから5分ほどして、ようやく僕たちのテーブルにアンドロイド進オーナーは回ってきました。
近くで見てもアンドロイドにはとても見えません。
その進オーナーに向かってに斎藤ご主人はこう言いました。
「この方々はわしの大切な知り合いじゃ。」
「あとで、ゆっくりと話がしたいじゃて、他のテーブルを先に回ってきてくれんかのぅ。」
アンドロイド進は、丁寧にお辞儀をして後のテーブルに向かっていった。
貴公子は、僕のクチパクで斎藤さんたちに、誘拐されたのは柳生みどりさんという研究者であること。
アンドロイド製作のため脳内研究室に監禁されていたことを伝えました。
「警察は5年前から失踪事件として捜査。誘拐されたものと考えていたようです。」
「そんな、良夫が…人の道にそれたことを…。本当にすまんかったじゃ。」斎藤さんは孫のしたこと詫びた。
「孫の良夫さん?…それでは、犯人は間時進オーナーではないのですか?」との問いに斎藤ご主人は、こう答えた。
「いいかいばあさん。すべて話しますぞぃ。」
「もちろんじゃがな、愛ちゃんとは、これかりゃもお友達じゃ。隠し立ては嫌じゃてのぅ。」
斎藤さんは真実を語り始めた。
要約すると…
すでに間時進はこの世にはいない。だから誘拐犯のわけがない。
働き盛りの間時は、体調を崩して5年ほど前に入院した。
検査の結果、末期がんで、あと2~3か月の命と宣告された。
いずれ新黒屋の後継者には息子の良夫にと…
だが、若い時は好きなことをさせてあげたいと、良夫のために研究室を作ったのもこの頃でした。
そしてそこには間時進自身の(退院後の)最後の居場所も作ったのでした。
進は「経営のノウハウ」を良夫のために残したい、良夫の専門だった脳チップ研究にそれを託していたという。
自分の記憶を、そしてその意思で動くアンドロイドがあれば可能だと良夫から聞かされていた。
そのためアンドロイド研究の第一人者の協力が欲しいと言ってはいたが、まさかみどりさんを拘束していたとは、おそらく進も知らされていないと斎藤さんはいう。
それから良夫も確かに交通事故にあってはいた。
しかしかなり軽症であった。それを再起不能と偽り、父になりすましていた。
もちろんこれば進の希望でもあったのだが、間時進は健在であることを世間にアピールしたかったようだ。
つまり寝たきりだったのは良夫ではなく進の方だったのだ。
これは一連の事件が、間時進ではく間時良夫が主導していたことを意味していた。
ここまで話を終えると、斎藤さんは感慨深そうに呟いた。
「進氏は良夫の将来に気をかけていたのじゃ。」
それから…少し間があって、また話を続けた。
生前の話じゃが、「何も親らしいことせず、ただ金銭面だけの補助しかできなかった」と。。わしにこぼしたこともあった。実の父ならなおさらじゃろう。
それで、心肺停止したら、その直後に自分の脳を培養液に移し、情報を脳内研究室のコンピュータ(脳チップ)に移植する約束をしたのじゃ。
残された命がわずかであった。息子の研究のために脳を提供しようと約束したわけじゃ。
そして培養脳だけが生き残った。
間時進は荼毘に付され、あの洞窟の中に埋葬されている。
もちろん死亡届は出しておる。本名、真島進の名でなぁ。
間時はいわば芸名じゃがな、まぁそのようなことはどうでもいいことじゃがなぁ。
アンドロイド進は、脳内コンピュータの思考回路で作動している。
普段は良夫支配人の姿でなぁ~。
だが、不思議なことに「進氏の心」が宿っておるような…そんな気がするときがあるんじゃよ。
夕食会は20時に終了した。
出口付近の扉の前でお客様を見送り、それからアンドロイド進は、斎藤夫妻と私たちをオーナー室に案内した。
部屋の奥に応接セット。そしてここにも金屏風があって、入り口からは客人やオーナーは見えないように配置してあった。
ソファーに座る前に斎藤さんは進オーナーに僕たちを紹介した。
それから「今日の支配人挨拶はなかなかじゃたぞ。ちょっと泣けてきてしまった。」と場を和らげた。
「いやいや、それはお恥ずかしい。あれは良夫チップ回路を使わせてもらいましたから。」
まるで「人間同士の会話」そのものだ。
そのあと斎藤さんの顔つきが急に真剣になった。
「良夫の実の父親が、間時進じぁったと、山口さんたちはおっしゃるのじゃが…、
それは本当かのぅ?」
アンドロイド進は…しばらく動きが止まったが…やがてこっくりとうなずいた。
「やはり、そうじぁったかぁ…」(深いため息)
「今となっては…もう葬式をあげた男のことなど、何を言っても仕方がないがのぅ。。」
「そうじぁったか…さぞや辛かっただろうよ」
「・・・」アンドロイド進の目から涙がこぼれ落ちた。
「泣かんでも良いわぃ!」「もう、この話は金輪際せぬ。おしまいじぁ!」
間髪いれず、斎藤さん。今度は厳しい口調に変わった。
「ならば、良夫は今何処におる。」アンドロイド進に詰め寄った。
「良夫の思考回路から推定すると、現在は山中に潜んでいる確率は83.5%です。しかし確率通りには行動しないことが多いので…なんとも言えません。変装も得意ですから、お客様になりすまして館内に潜んでいる確率は3.7%ほどあります。」
「わしをあざむくつもりがのぅ。」
「わしのかわいい孫が誘拐犯の容疑をかけられているっちゅうに、このまま逃がしてどうする!」
ここでクチパクで割り込みです。
「進オーナー! これは僕の推理ですが…、良夫支配人は脳内研究室にいっているはずです。
乾杯のときにみどりさんの亡霊を見て驚いた。
みどりさんの身に何かあったのではないかと、確認のために。。です。
しかも警察の包囲網が張られていることは監視カメラで確認できる。。
となると、秘密の要塞とも言える脳内研究室で待機しているのが安全です。
ところで、進さん。
僕たちは警察に調査協力はしていますが、もともと警察とは無関係の組織にいます。
でもこうしてお話していると、あなたにとても興味が湧いてきます。
高性能なアンドロイドというより、生きているヒューマノイドと呼んだよう方がふさわしいとさえ感じます。
そのあなたに一つ質問があります。
なぜ、あなたは本来、良夫さんの父親の立場のお方ですよね。良夫さんの指南役だ。
なのにどうして、間時良夫さんの言いなりなのですか?」
「山口さんとおっしゃいましたね。良夫の居場所は見事な推理です。もし本当に亡霊を見たのならば、その可能性は大です。すぐに研究室のモニター情報を最優先して集めてみます。」
「それから、質問に対する回答です。。。なぜ言いなりなのか…正直、全くわかりません。嘘ではありません。」
「もしかすると培養脳の延命装置や脳内コンピューターを停止されたら、私は本当に死んでしまうから…怖いのでしょうか?」
「ですが、もともと機械なわけですから、怖いなどという感情は持ち合わせていないはずです。」
「やはりそのような感情をプログラミングされている可能性があります。」
ここで初めて、天然派の愛が口を開いた。
「愛は…脳チップとか、培養とか、難しくことはよくわからないけど、、
進さんの…我が子を守りたいという思いや感情も、プログラミングされているのかしら?」
「悪いことをして警察から追われている息子さんを、、ヒューマノイドさん、あなたは、心の奥底から「逃げしてあげたい」とお思いですの?」
ヒューマロイド進は、しばらく沈黙した。。。葛藤しているようにさえ見えた。
それからゆっくりと語り始めた。
「愛さん。貴女のおっしゃるとおりです。ここは、父親魂を、、そうです。命をはって子供を正しい道に導くべきでしょう!」
「ヒューマノイドさん!素晴らしいわ。本当に心があるんですわ。」
「愛のお友達になってくださるかしら?」
「はい、わかりました。喜んで。」
「可愛い息子だからこそ、罪を償ってもらわなければいけませんから。」
そう言うと、ヒューマロイド進は遠隔で脳内コンピュータ室にある警備モニターから支配人が館内に入るかどうか探した。
「いました!」みどりさんの部屋に5分前までは、そこに潜んでいました。
そして現在は、秘密の通路を通ってこのオーナー室に向かっています。
私が入室してから(いつものように)オーナー室のモニターをOFFにしたので、夕食会のあと、すでにここに戻っていることを知ったからでしょう。
良夫は夕食会の時と同じ支配人の身なりをしています。
あと、3分26秒でオーナー室に到着です。
・・・・・・・・・・・・・
僕はクチパクをした。
「それでは、ここに亡霊を呼び出します。
皆さんは、ドア付近の壁ぎわで良夫支配人を出迎えてください。」
「亡霊は見えないふりでお願いします。これはもちろんトリックですので…」。
「それとオーナー、一部始終を防犯装置で録音をお願いします。」
ノック、そしてドアのノブがまわり、支配人は入ってきた。
「参ったよ~あちこち警官だらけだ。」
「なにか悪事でも働いたのきゃ?良夫よ。」と斎藤さん。
「ブラックユーモアでよく悪戯はするけど…」
「よーく、胸に手をあてて、反省するがいい!」と進オーナー。
「どうしたの? 二人とも、そんなに怖い顔をして…。そういえばこの方たちは?」
「初めまして、私は…愛よ! みどりさんのお友達なの!」
(良夫は少し動揺した様子)
「(久々に自分の声で)僕は山口! 柳生みどりさんに会いに来たのさ。」
(さらにびっくり)
「それが…みどりさんは、、消えてしまったんだ…」(藁をもすがるようなか細い声)
そのとき、突然、照明が消えた。真っ暗だ!(貴公子がスイッチをOFFにしただけ)
金屏風のあたりに稲光が走った。(貴公子のビニール傘の電光)
良夫支配人はそちらに目をやった。
すると、ぼわっと天井付近にみどりさんの生首が現れた。。
(肩車でお尻ふりふりの貴公子、下からライトアップ)
みんなは見えぬふり、聞こえぬふりです。
「ひぃ~あ~! 出たぁ~!!」
「う・ら・め・し・や~」
「罪を償わねば、呪い殺してやるぞ~」(純ちゃんの名演技です)
「お助けください。。南無阿弥陀。南無阿弥陀・・・」
ふうっと亡霊は消えた。
良夫は、ひざまずいて頭を床につけてガタガタと震えていた。
おそろ恐る顔をあげると…今度は目の前に、みどりさんの亡霊が…
「私と同じように、、身動きが取れないようにしてやるわ~」
「ほう~ら」っと声をかけると…良夫支配人は金縛りにあった。
(貴公子が体を押さえつけているのです。)
「自分で自分を殴るのよ。。ほっほっほっ。。」
不気味に亡霊が笑うと、支配人は自分の頭をポカポカと自分で殴った。
「痛い!痛い! 助けてくれ!! もう二度とやりません。本当です。助けてください。」
このとき、ヒューマノイド進が駆け寄ってきた。
「良夫よ、わしになりすまして引き起こした犯行の数々…自首して罪を償うか!」
「もちろんです。もちろんですとも。」
「ならば、ここで犯した罪の数々を言うてみい」今度は、斎藤さん。。その声は迫力満点です。
「アンドロイドを拝借したり、美術館で作品を3Dコピーして破棄したり、盗撮してアップしたり…などなど声を震わせながら…」
そして話を終えると…
「なぜ、どうしてそんなことをやったのかしら?」
目の前の見知らぬ女性が優しく尋ねた。
「寂しかったんだ。。ちょっと悪戯して驚かせたかっただけなんだ。」
「でも、人を困らせることは悪いことよ。わかるわね。」
「あなたは、、誰ですか?」
「あなたのお母さんよ。早く目を覚ましなさい。」
「あなたは強くて優しい子ですよ。」
「いいわね。良夫さん。いつでもお母さんは、あなたを天国から見守っていますからね。」
そう言うと…すうっと消えてしまった。
(純ちゃんは、進オーナーからの母親情報をキャッチし、母親に変身したのでした。)
貴公子は金縛りを解いた。
「わぁっ」と良夫は泣き崩れた。
貴公子は、眠りの電撃(軽めの電気ショック)を良夫支配人に浴びせた。
支配人は気を失い。ベッドに運ばれた。
そして夢の世界に…。
その夜…
夢の世界には、桜ヶ丘隆さんが(本物の)みどりさんを連れて入ってきた。
良夫さんは夢の中で、みどりさんと桜ヶ丘隆に心から謝罪した。
そして二人の結婚式を新黒屋で挙げることが決まったのでした。
持ち、スポンサーは良夫ちゃんです。
めでたし。めでたし。
(第2話おしまい)